フィギュアスケート・ペアで現役引退を表明した「りくりゅう」こと三浦璃来(24)木原龍一(33)組は、約1時間の会見で決断理由や今後の目標などを明かした。思い出の試合、ペア普及への思い、後輩への期待…。その言葉をまとめた。
◆思い出の試合
三浦 結成3カ月で出たNHK杯。4大陸選手権のミニマムスコア(最低技術点)が取れたらいいねと話していましたが、一発で世界選手権のミニマムまで取ることができた。日本人同士のスケーターでも世界に通じるかもしれないという思いが芽生えた試合だったので、すごく覚えています。
木原 僕はミラノ・コルティナ五輪が一番印象に残っています。いつもは僕が引っ張るタイプだったと思うんですが、璃来ちゃんが本当に引っ張ってくれました。璃来ちゃんがいなければ、あの試合はなかった。これが7年の積み重ねなんだなと思いました。
◆五輪の舞台とは
三浦 1度目の(北京)五輪の時、木原さんからの「五輪も普通の試合と変わらない。五輪だからと言ってサイクルが変わる訳でも、出場する選手が変わる訳でもない。普段の練習と同じように臨めばいい」という言葉に一番救われた。1度目の五輪でも自分たちらしい演技ができたと思っています。
木原 僕は涙です。初出場のソチ五輪で世界との壁を痛感して、試合後に母とオリンピックパークで会った時「帰って来てもいいよ」と話してくれた。僕は頑固だったので「大丈夫」と言いながら泣いて。思い出すと、北京五輪もミラノ五輪も必ず泣いていました。
◆ペアの後輩「ゆなすみ」こと長岡、森口組への期待
三浦 持っているものは世界トップと変わらない。失敗を恐れず、たくさんのことを経験して、いろいろなことを吸収してほしいと思います。
木原 彼らは近い将来、世界大会でメダルを取れる。確実にそういう日が来ると思います。持っているものはワールドクラスなので、とにかく自分たちを疑わず、どんな時も自信を持って試合に臨んでほしいです。彼らは絶対にメダルを取れると思う。心から応援させていただいています。
◆引退後の重圧?
三浦 引退して生活が変わって寂しい気持ちもありますが、今はテレビ出演などを、ペアを広めるきっかけとして楽しんで挑戦させていただいてます。ただアイスショーのためには体作りを常にしないといけないので、筋トレします(笑い)
木原 ここ最近しっかり練習ができていなかったので、少しずつ体重が増えてきていて、太りたくないというプレッシャーが出てきています。初めてちゃんとしたスーツも作ったので、これが太って着れなくなったらどうしようというプレッシャーを持っています(笑い)
◆競技人生を一言で表すなら
三浦 2人に言えることだと思うんですけど「努力」かなって。ペアを結成してからもお互いのために努力しあえる仲だったので、つらいことも2人で乗り越えられて、五輪の金メダルも取ることができたと思います。
木原 同じになってしまいますが「努力」かなと思います。努力している姿を見てきましたし、お互い見せていない部分もあったかもしれないですけど、一生懸命やってきた姿は分かるので。それがなければここに座ることもなかったと思います。本当に「努力」の一言かなと思います。
◆木原龍一(きはら・りゅういち)1992年(平4)8月22日、愛知・東海市生まれ。4歳で競技を始め、20歳でシングルからペア転向。高橋成美と14年ソチ五輪18位、須崎海羽と18年平昌五輪21位。五輪はミラノが4度目の出場だった。趣味は野球。中京大中京高を経て中京大。174センチ。
◆三浦璃来(みうら・りく)2001年(平13)12月17日、兵庫・宝塚市生まれ。5歳でスケートを始め、中学2年時の15年にシングルからペア転向。市橋翔哉と17年から3年連続で世界ジュニア選手権出場。19年に木原とペア結成。趣味はアニメ鑑賞。大阪・向陽台高から中京大。146センチ。


