須崎優衣は強かった。これほど一方的な五輪優勝は、今まで見たことがない。もともと、女子レスリングは世界のレベルが高くない。上位にくるのは、いつも似たような顔触れ。とはいえ、準決勝や決勝で勝つのは簡単ではない。それが、テクニカルフォールとは。

乙黒拓は接戦だった。最後まで手に汗握った。危ない場面もあったが、強かった。レスリング最終日に2つの金。女子が増えているとはいえ、計5個で64年東京五輪に並んだ。2人の22歳も、今後が楽しみだ。

と思って勝ち上がりを見ると、ともに戦ったのは4試合だけ。今大会は出場選手数を各階級16人まで絞っているからだ。前回大会は全階級20人前後だったが、大幅に削減。他の競技で種目を増やしながら総選手数を増やさないために、レスリングなどが削られた。

19年世界選手権は乙黒拓の65キロ級出場者が44人。女子は少ないとはいえ、50キロ級が29人いた。五輪の2、3倍の選手が「世界一」を争うことになる。単に勝ち抜くことだけを考えれば、五輪の方がはるかに楽。88年ソウル大会までは世界選手権並みの出場者で、52キロ級の佐藤満は金メダルまで8試合も戦ったけれど、今の五輪は変わった。「選ばれし者」の大会になった。

レスリングに限らず、厳しい予選や多くの試合に臨まなくてはならない世界ランクなどで「出場枠」を争う。今や勝つこと以上に、出ることが大変。今後、さらに競技数や種目数を増やせば、さらに難しくなる。

レスリングの女子や男子の軽量級は日本のレベルが高く、国内の争いが激しくなる。1度は絶望的と思われた須崎は、あきらめることなく代表権を得た。乙黒拓は、リオデジャネイロ大会銀の樋口黎と争って東京大会出場を決めた。レスリングだけではない。多くの選手が国内外の厳しい争いの末に大会に出ている。

今大会参加の1万あまりの選手は、みな厳しい予選やランク争いを経て出場している。さらに、今回は通常とは違う1年の延期もあった。新型コロナで家族や友人を失った選手もいる。競技を続けることが悩んだ選手もいる。心身ともにつらい思いをした選手は多い。それでも、苦難を乗り越えて集まった。「参加すること」に意義があった。

今大会は対戦後に相手とハグしたり、笑顔をかわすシーンが目立つ。それぞれ苦しい思いをし、重いものを背負って出場しているのだろう。それを互いに知るからこそ、認め、リスペクトする。新型コロナ禍で1年延期となった特別な大会にたどりついた選手たち。今大会は特に、出場したすべての選手が勝者なのかもしれない。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)