東京オリンピック(五輪)の金メダルラッシュに貢献した女子レスリング。川井姉妹らが6階級中4階級を制するなど圧倒的な強さをみせたが「日本の独り勝ち」は次のパリ五輪でも続きそうだ。10日まで行われた世界選手権も、非五輪階級を含む10階級中4階級で優勝した。

世界選手権が行われたノルウェーのオスロは、日本の女子レスリングを語る上で忘れられない場所でもある。1987年、第1回世界選手権の会場。全階級にエントリーした日本だが、優勝者は0に終わった。

今でこそ「女子王国」だが、当時は「アジアの中の強国」でしかなかった。ただ、五輪種目でもない女子は男子に比べマイナーで、全体的な競技レベルも高くなかった。参加もわずか8カ国。「今が力の入れ時」と日本協会は、女子の強化に本腰を入れ始めた。

89年の第2回世界選手権では2階級で優勝。以来、世界選手権、五輪で優勝を逃したことはない。第1回大会3位の雪辱を果たし日本初の世界女王の1人となった44キロ級の吉村祥子は、その後コーチに転身。東京五輪50キロ級金の須崎優衣らを育て、今大会もコーチとして34年ぶりにオスロ世界選手権に参加している。

「女子王国誕生」のきっかけがオスロだとしたら、今大会も「次の時代」へのきっかけになりそうだ。史上5人目の高校生世界女王になったのは、53キロ級の藤波朱理(三重・いなべ総合学園)。全試合失点0のテクニカルフォール勝ちで国内外の連勝記録を83まで伸ばし、パリ五輪の金メダル候補に名乗りをあげた。

今大会優勝の4人のうち3人は至学館高、大以外の出身。50キロ級制覇の吉元玲美那は至学館大だが、55キロ級の桜井つぐみは育英大、72キロ級の古市雅子は日大-自衛隊、藤波も高校卒業後は日体大に進む予定だという。もちろん、川合姉妹や向田ら至学館大出身の東京五輪組が出場していなのもあるが、多彩な世界女王が出た価値は大きい。

かつて女子王国にするための施策の1つが、強豪校作りだった。当時協会強化委員長だった福田富昭氏されて中京女子大(現至学館大)に日本初の大学女子レスリング部が誕生したのは89年。90年代に栄和人氏が赴任し、吉田沙保里、伊調馨らが次々と五輪金メダリストに育った。「至学館でないと、世界で勝てない」と日本中から選手が集まるようになった。

強豪に選手が集まり、さらに強くなる-。どんな世界にもある図式だ。スポーツの場合でも、ある一定の期間では必要なことだと思う。ただ「1強」が長く続くと弊害も生まれる。チーム間の競争がなくなり、レベルも低下する。組織そのものが脆弱になる。実際に最近は、至学館大も多様な問題に苦しんできた。

早大の須崎は「至学館大以外出身」選手として、東京五輪で初めて金メダルを獲得した。過去8人の金メダリストは全員が至学館大(中京女子大)組。「至学館でなくても勝てる」流れは、世界選手権にも引き継がれた。女子レスリング全体にとって「脱至学館」は歓迎すべきことだと思う。

至学館の功績は素晴らしい。いつ五輪種目になるかも分からない女子レスリングを引っ張ってきたからこそ、今の「女子王国」が誕生した。ただ、いつまでも「独占状態」では今後の成長は難しい。至学館と争うチームができ、五輪金メダルへの道が増えて「どこからでも金が目指せる」ようになることが大切だ。34年前のように、オスロの世界選手権が、その「きっかけ」になる。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)