後悔はない-。柔道女子57キロ級カナダ代表の出口クリスタ(22=日本生命)が飛躍の兆しを見せている。今年2月の欧州オープン大会から国際大会で5連勝中と波に乗る。父の母国の代表として、2020年東京五輪を目指す22歳の女性柔道家に迫った。

稽古で引き締まった表情を見せる出口クリスタ(撮影・峯岸佑樹)
稽古で引き締まった表情を見せる出口クリスタ(撮影・峯岸佑樹)

■全柔連の強化指定を辞退

 「大きな決断だったけど後戻りは出来ない。良い結果だろうが、悪い結果だろうが、カナダ代表に変えたことに後悔はない。育った日本は大好きだけど、目標は五輪金メダル。全てが2年後のため」。出口は背筋を伸ばし、凜(りん)とした表情でこう言った。

 昨年1月、母校の山梨学院大から寮への帰り道で自転車をこぎながら決断した「悩んでいても仕方ない。チャンスと捉えよう」。日本の女子57キロ級は、17年世界選手権準優勝の芳田司(22=コマツ)や、12年ロンドン五輪金メダルの松本薫(30=ベネシード)らの強豪がひしめく激戦区だ。日本とカナダの二重国籍から少しでも東京五輪に近づくために、日本代表からカナダ代表になることを決意した。全日本柔道連盟の強化指定も辞退した。

 当初は、戸惑いと重圧があった。「出口はどこまで出来るのか」。周囲からそんな声も飛び交った。転機は、国際大会で2連敗後の2月の欧州オープン大会だった。グランドスラム(GS)大会やグランプリ(GP)大会に比べたら規模は小さいが、カナダ代表として初優勝を飾った。「久々の優勝がとにかくうれしかった。プレッシャーから開放された」。

7月のグランプリ・ザグレブ大会で優勝した(左から2番目)出口クリスタ
7月のグランプリ・ザグレブ大会で優勝した(左から2番目)出口クリスタ

 そこから快進撃が始まった。GSパリ大会決勝では持ち前のパワーと瞬発力を武器に、同じ年の芳田に合わせ技で快勝。過去1勝3敗と分が悪かったライバルを倒したことで「GS優勝よりも(芳田)司に勝てたことの方がうれしかった。これまで司には何も出来ずに負けていた。自分の柔道が出来たことが大きな自信になった」と手応えをつかんだ。

 その後、月1回のペースで国際大会に出場。経験値を上げ、急成長につなげた。現在、国際大会5連勝中で24戦一本勝ちが続く理由は、技術的な向上よりも、柔道に対する「メンタル」の変化が大きかったという。

 「日本は柔道のレベルが高い分、代表として出場した試合は『絶対に勝つ』『勝たないといけない』という気持ちが先行した。私の場合はガチガチになって良い結果にならなかった。一方で、カナダは強化選手が少ない分、日本などの強豪に1回でも勝てば『すごいな』『調子いいじゃん、この調子』などと褒められる。気持ちも楽で、両方経験した上で、性格的にもこっちの方が合ってるのかなと思った」

カナダ代表の稽古で打ち込みを行う出口クリスタ(右)
カナダ代表の稽古で打ち込みを行う出口クリスタ(右)

■文化違えば化粧にピアス

 文化が違えば、稽古も異なる。4月から日本生命の甲府支社で勤務しながら拠点を山梨学院大に置き、カナダの代表合宿に参加する。「最初は戸惑った。髪の毛の色、化粧、ピアス、マスカラなどをして畳に上がる。日本では絶対に考えられない(笑い)。文化が違うと、ここまで違うのかとびっくりした。稽古も短期集中で、乱取本数も日本の半分ぐらい。柔道着を着る時間も短い」。

 9月の世界選手権(アゼルバイジャン)代表内定の連絡もなく、自身で確認した。戦績や世界ランキングの実績から「たぶん、出られるのでは…」という状態だった。そんな中、6月上旬、地元長野の道場などから壮行会の話が急浮上した。

 「不安になってコーチにメールで問い合わせたら『もちろん、出られるよ』と返信があった。日本みたいに会見や壮行会をやったり、所属がうちわやカレンダーを製作することもないから戸惑った。『出られるよ』と聞いてうれしかったけど、跳びはねて喜ぶようなうれしさでもなかった。意外だったけど、それぐらい五輪が着実に近づいているという実感と、今は五輪の前哨戦だと捉えている」

昨年の全日本学生体重別選手権で優勝した出口クリスタ(撮影・峯岸佑樹)
昨年の全日本学生体重別選手権で優勝した出口クリスタ(撮影・峯岸佑樹)

 世界選手権の同階級の日本代表は初の世界女王を狙う芳田で、再びライバルとの対決を願う。「決勝で(芳田)司とやれたらと思うし、やりたい。顔ぶれは恐らく、東京五輪へ出るメンバーとそれほど変わりはないかと思う。今年、優勝出来ればもっと自信になる」。

 話を聞いて、出口のこの言葉が印象的だった。

 「何が正解か不正解かは、20年にならないと分からない。結果が全て。私自身も2年後の答えを楽しみにしている」

 美人柔道家とも称されるが、それ以上に“おとこ気”を感じた。格闘技好きらしい、まさに勝負師。好調な要因は精神面だけでなく、五輪に対しての思いと強い覚悟が、今の結果につながっているのかもしれない。

 20年7月27日の日本武道館。日本代表との決勝となれば、注目の一戦になることは間違いない。そんな日を心待ちにしている。【峯岸佑樹】