フィギュアスケート界が例年のことながら、慌ただしくなってきた。グランプリ(GP)シリーズはすでに2戦を終え、11月2日開幕の第3戦フィンランド大会には、平昌五輪で2連覇を達成した羽生結弦(23=ANA)が登場する。

国内では1日に西日本選手権が名古屋で開幕。4年ぶりに現役復帰した高橋大輔(32=関大KFSC)の2戦目はもちろん注目の的であり、高橋と同じように全国の舞台への出場権を懸け、多くの選手が鍛錬の成果を披露する。見る側の楽しみは尽きないが、個人的には1人の有名スケーターの演技に注目している。

ジュニア女子の本田望結(14=大阪・関大中)。10月7日、4位通過を決めた近畿選手権でのフリーで印象的なことがあった。中盤にダブルアクセル(2回転半)-2回転ループ-2回転ループの3連続ジャンプを着氷させると、場内がどっと沸いた。回転不足やエッジの使い方でミスがありながらも、完成度の高い演技にガッツポーズも出た。

今年に入って身長が6センチ伸びた本田は、スキップをするような勢いで取材エリアへとやってきた。今にも泣きそうになるぐらいの笑顔で「うれしいです…」と104・90点を記録したフリーを振り返る。私は中盤の3連続ジャンプの感想を尋ねてみた。

「大したジャンプではないんですが、3連続でお客さんが『おお~っ』って言ってくれたのが、本当にうれしかったです」

続けた言葉に重みがあった。

「(ループは)右足だけ(で跳び上がるの)で負担はあるけれど…。ジャンプがすごく苦手で『ジャンプ以外でアピールしよう』って(これまで)思っていたことが悔しかったんです」

思えば最近、演技を終えた本田の悔しげな表情を目にすることが多かった。それでも、いつも取材エリアへと招かれ、テレビカメラが何台も回る前でコメントをする。昨季のある試合では、ジャンプの転倒が続いた演技後に自己採点を求められ、気丈にこう答えたこともあった。

「61・3826……点ぐらいですかね(笑い)。四捨五入して60点ぐらいです」

カメラの前はある意味、慣れっこだ。そう笑わせても、数分後に口にした言葉が本音だったに違いない。

「今月はスケートを中心にやってきたのに、成績も良くない。(女優業とスケート)どっちも100%でやるつもりなんですが…」

7歳だった11年に出演した日本テレビ系連続ドラマ「家政婦のミタ」で一躍、その名は全国区になった。自然とスケート選手としても注目され、一挙手一投足を追われる。大会では演技が練習通りの出来でなくても、コメントを求められる。その度にメディアで用いられるのが「女優業で身につけた表現力」というフレーズだった。

「表現」はフィギュアスケートにとって重要なものだ。同時に算数と比べた国語のように、答えがない要素でもある。ジャンプで多く失敗したとしても、「表現が大崩れ」することは一般にはさほど目立たない。関係者の多くが唯一無二の表現力を魅力とたたえる一方で、本田には長所との向き合い方に葛藤があったのだろう。それがあの言葉に示されている。

「ジャンプがすごく苦手で『ジャンプ以外でアピールしよう』って(これまで)思っていたことが、悔しかったんです」

苦手なものから目を背け、逃げそうになる自分に対する「悔しい」という感情。近畿選手権で受け取った観衆の拍手で、少しの自信が芽生えたようだ。

「自分で『中途半端だな』って思うんです。『(女優業とスケートと)どっちかを頑張ればいい』って諦めちゃうのかなって。でも今回、本当に近畿に向けて頑張ってきて、フリーでその成果が出た。それに(フリーで)100点が出てうれしいけれど、まだまだ改善するところがあるから、それを超えられる。『自信を持ってやりたいな』と思えました」

東京で仕事がある際には、午前5時ごろから練習することもあると聞く。関西から東京へ移動する新幹線で眠ることなく、せりふを覚える作業に費やすなど、他人には想像することしかできない努力でここまで来た。

「女優一本に…」「フィギュア一本に…」という声もあるが、まだ14歳の中学2年生。周囲のトップスケーターもそうであるように、個々で大きく飛躍するタイミングも違う。何より本田自身が女優業とスケートのことを常に真剣に考え、毎日を送っている。

10月の全日本ノービス選手権では妹の紗来(さら、11=京都醍醐ク)が同世代の2位となり、全日本ジュニア選手権(11月23~25日、福岡)出場を決めた。本田も西日本選手権で上位16人(シードの荒木菜那を除く)に入れば、妹と同じ舞台で競演することになる。決して投げ出すことのない「才能」が、報われていく過程を楽しみに見守りたい。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)


◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大とラグビー部に所属。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技を担当し、18年平昌五輪では主にフィギュアスケートとショートトラックを取材。


ミュージカル「ブロードウェイ クリスマス・ワンダーランド」のプレスコールに登場し、踊りを披露する本田望結(撮影・遠藤尚子)
ミュージカル「ブロードウェイ クリスマス・ワンダーランド」のプレスコールに登場し、踊りを披露する本田望結(撮影・遠藤尚子)