ぞわっとした。体操の世界選手権最終日、種目別決勝の最終種目、鉄棒が行われていた。4番手で登場した内村航平(32=ジョイカル)は1分ほどの演技を締めるため、後方伸身2回宙返り2回ひねりで宙に舞っていた。青いマットに体を沈めていく。「ドスン!!」。その音は、18年から体操担当になって初めて聞く衝撃音で、と同時に会場に詰めかけた観客のマスク越しの驚嘆の声が押し寄せた。

「本当に会心の一撃という形で出せた」。足元から全身に伝わる快感をかみしめるように、両手を上げたポーズで数秒静止した。見る側にも、その震えが伝わるようだった。「ぞわっ」。そんな感覚に襲われるのは、スポーツの現場を取材していてもまれだ。

東京五輪では落下し、予選落ちを味わった。「元キング」と自ら言い、では、それ以来の国際大会で、生まれ故郷での舞台で、何を見せるのか。大会前に「努力は裏切ることもあるということを伝える」大切さを本人の口から聞き、ただ、「結果でプロセスを証明したい」とも言った。

この時、結果とは成績だと考えていた。金メダルがそれだと。実際は違ったと、あの着地を見た1人として感じ入っている。

「散々こだわってきた着地の所にしっかり出てくれたのは、全てをいろんな人に、一瞬で伝えられたのかな。うれしさがありますね」。しっかり出た結果とは、成績ではなかった。

五輪後、気持ちが沈み、練習も身が入らない日々が続いたという。「着地するのもいっぱいいっぱい。1回も止まったことがないし、止められる次元じゃない」と振り返る。だが、試合となれば、ましてや故郷で、無観客だった五輪とは違う観客の反応があれば、言い訳はできない。「五輪の予選落ちがなければ、死に物狂いで(今大会の)予選、決勝をやれていない」。その帰結が、万に一つとも言える、あの着地だった。当然、体操人生を通じた不断の努力がなければ、あの瞬間は訪れなかっただろう。

得点は14・600点で6位。衝撃と採点には差があるように思えたが、本人は意に介していなかった。「個人的にはこれ以上ない。いまの自分ができることは全て出せた」。強がりでなく、本心に聞こえた。「メダルは取れなかったけど、鉄棒の選手の中では一番お客さんを味方にできたかな」。これも事実だと思う。

「本当に結果が全てじゃないと思わされましたね」。それが大会の総括だった。ここで本人が指す結果とは、成績だろう。「五輪は金メダル取るのが最大の目標で、結果にこだわるのは当然だと思っていた。付いてこないとあーだこーだ考える」。それが以前だった。いまは皆無。あの着地を決めること、見せることができたから。

「結果をプロセスで証明したい」。それは、1つの技であっても良い。スポーツの価値の1つは、あの瞬間、選手と観客が同じような震えを共有できた一瞬だけでも良いのではないか。その意味では、まさに、証明したのだと思う。

進退も含めて今後は未定としながら、はっきりと意思を示した言葉がある。「結果が全てじゃなかったな。そこの追求はやってみたいというのはあります」。再び、何を見せてくれるのか。楽しみでしょうがない。【阿部健吾】

種目別決勝 鉄棒で演技する内村航平、見事着地(撮影・梅根麻紀)
種目別決勝 鉄棒で演技する内村航平、見事着地(撮影・梅根麻紀)