足技の美里が帰ってきた。女子52キロ級で中村美里(26=三井住友海上)が3大会ぶり3度目の世界一に輝いた。準決勝で、残り1秒から小外刈りの技ありで逆転勝ち。世界ランク1位アンドレア・キトゥ(ルーマニア)との決勝でも、手術した左足のキレ味鋭く、優勢勝ちした。昨年のアジア大会に続く優勝で、16年リオデジャネイロ五輪に前進した。

 分かっていても防げない。それが中村の足技。小外刈りは足の甲と足首でカマのように鋭角をつけ、相手の足首に引っかけてロックする。高校生のころ、勝利を量産した技。周囲から称賛され、自然と足技が代名詞になった。「あのころに戻ってきたのかな」。金メダルを胸に思いをはせた。

 準決勝、指導の差でリードを許し、時計の表示は「0:01」から「0」に変わっていた。右足でミランダ(ブラジル)に小外刈りを見舞った。「とっさに出た」。横ばいに倒して技あり。起死回生の伝家の宝刀が、窮地で抜かれた。

 キトゥとの決勝では手術を施した左足の小外刈りがさえ、何度も相手を腹ばいに。「今まではかけて、戻す時に膝が外れる心配があった」。今はない。序盤に寝技で抑え込んだが9秒で逃した。「決めないといけなかった」と反省したが「全体的には自分の柔道ができた」とうなずいた。

 再び五輪を目指す気持ちになったのは、「足」のおかげだった。09年に断裂した左膝の前十字靱帯(じんたい)は「しても、怖いのは変わらない」と手術をしない方針だった。ロンドン五輪後、両親にも相談。父一夫さん(53)に「スキーをやるには治しておいたほうがいい」とも言われ、12年10月に手術を受けた。

 その決断が思わぬ「再建」を生んだ。都内のリハビリ施設で一緒になったのは、他競技の選手。特にアルペンスキーで07年アジア大会金メダルの清沢が、30歳を超えて同じ膝のケガから復帰を目指す姿に感銘を受けた。リハビリを終えた仲間から「次は美里の番だね」と言われると、自然と「そうだね」と答える自分がいた。手術時には漠然としていた五輪への気持ちが「再建」していた。

 13年12月には2度目の手術でボルトも抜き、水がたまることもなくなった。当時は右より3センチも細かったが、「徐々に安定してきた」と実感する。谷、阿武に続く日本女子3人目の3度目の世界一になったが、「ここから、またコツコツやりたい」。じっくりと、その足で進んでいく。【阿部健吾】

 ◆柔道世界選手権の金メダル獲得数 海外勢を含めて女子の最多は48キロ級谷(田村)亮子の7個。93年から03年まで6連覇(当時は隔年開催)し、結婚後の07年にも獲得。中村の3個は、最重量の72、78キロ級で97年から4連覇した阿武教子の4個に続く日本女子3番目の記録。男子の最多は100キロ超級で6連覇中のリネール(フランス)で無差別と合わせて7個獲得。