白血病から復帰した競泳女子の池江璃花子(20=ルネサンス)が、21年初レースとして東京都新春大会(来年1月9、10日、東京辰巳国際水泳場)にエントリーしたことが13日、分かった。種目は女子100メートル自由形。大会は短水路(25メートルプール)で開催され、同種目は1月10日に行われる。

池江は、8月の東京都特別大会で1年7カ月ぶりにレース復帰して涙。そして「第2の水泳人生の始まり」とした。闘病中から目標だった10月の日本学生選手権にも出場。今月6日までの日本選手権は練習に専念するために回避したが、年明けに約3カ月ぶりのレースを行うことになる。

注目の種目は100メートル自由形。これまでの2大会は最も距離が短い50メートル自由形にエントリーしてきた。日本学生選手権でチームメートが体調不良になったために400メートルリレーで100メートル1本を泳いでいるが、ぶっつけ本番だった。今回は体調を最優先にした上で、100メートルの距離に向けて準備をしていくことになる。

五輪代表選考を兼ねた4月の日本選手権(東京アクアティクスセンター)は、まだ大会要項が発表されていない。ただコロナ禍に対応して、1種目32人前後を目安に出場枠を絞っていた12月の日本選手権で、女子100メートル自由形の参加標準記録は、長水路(50メートルプール)が56秒31、短水路が55秒29に設定されていた。

【池江の経過】

◆19年2月4日 オーストラリア合宿中に疲労が抜けず現地で検査を受ける。

◆同8日 緊急帰国。白血病と診断されて入院。

◆同12日 SNSで白血病公表。「信じられず、混乱している状況です」。

◆同3月6日 SNSで治療について「思ってたより数十倍、数百倍、数千倍しんどいです」とつづる。

◆同4月8日 日大入学と同水泳部入部を発表。

◆同5月8日 公式HPを開設して「最後まで頑張りたい、負けたくない」。

◆同9月6日 日本学生選手権を会場で3日連続の応援。男子総合優勝に「とてもうれしかったです」。

◆同12月17日 公式HPで退院を発表した。「2024年のパリ五輪出場、メダル獲得という目標で頑張っていきたい」。

◆20年3月17日 406日ぶりプールに入ったことをSNSで報告。「言葉に表せないぐらいうれしくて、気持ち良くて幸せ」。

◆同5月18日 短髪を初披露し「今のありのままの自分を見てもらいたい」。

◆同7月2日 オンライン形式で練習を公開。10月の日本学生選手権でのレース復帰を目標に掲げた。

◆同4日 20歳になる。

◆同23日 国立競技場で、延期された東京五輪開幕1年前イベントに登場。真っ暗なスタジアムに純白の服で降り立ち、3月にギリシャで採火された聖火のランタンを掲げた。4分10秒のスピーチで「1年後、オリンピックやパラリンピックができる世界になっていたら、どんなにすてきだろうと思います」。世界に祈りのメッセージを発信。

◆同8月11日 復帰レースにエントリーしたことが判明。29日の東京都特別大会で女子50メートル自由形。

◆同29日 1年7カ月ぶりにレース復帰。50メートル自由形で26秒32、全体の5位で涙。「第2の水泳人生の始まり」。日本学生選手権参加標準記録26秒86も突破。

◆同10月1日 日本学生選手権女子50メートル自由形に出場。予選は25秒87で全体の6位通過。決勝は25秒62で4位に入った。「4位は悔しいですが、この気持ちが活力になっていく」。

◆同2日 同選手権女子400メートルリレー予選で、体調不良の選手に替わって急きょ出場した。第3泳者として、100メートルを引き継ぎで56秒19。日大の決勝進出に貢献。「56秒1台が出てびっくり。自分はリレーが好きだし、リレーだと結果が出るなと感じました」。

◆同19日 12月の日本選手権は回避し、トレーニングに専念することが判明。

◆同24日 五輪会場の東京アクアティクスセンター完成披露式典に登場。デモンストレーションで50メートルを自由形で泳ぐ。「会場に着いて、プールを見た時『来年はここでオリンピックが開催されるんだな』という実感がわいてきました」。

◆同12月5日 退院から1年を迎えて、SNSを更新。「正直、退院してからものすごく辛かったです。ここまで来られた自分と、支えてくれる周りの方たちに感謝しかないです」。