全国中学バスケットボール大会で優勝(4校同時V)した白新中のPG平岡皇太朗(3年)が県外で大きな飛躍を目指す。B1新潟アルビレックスBBで監督を務める父富士貴氏(47)の母校・土浦日大(茨城)への進学を決めた。同校はインターハイに45回出場する名門校。高校日本一へ、父と同じ道を歩む。

期待と不安が複雑に入り交じった表情を平岡は浮かべた。高校でのプレーをイメージした時だった。「楽しみです。ただ、高校生のフィジカル(の強さ)に慣れなければいけない」。目指すのは1年生でスタメン入り。当たり負けしない体作りを、もう始めていた。実家では10キロのダンベルなどで筋トレ。春からのフル回転へ、パワーをためていた。「ジャンプシュートの精度アップ」など高校での技術的なテーマも掲げた。

「父を超えたい」と進路を父と同じ土浦日大に決めた。B1新潟を指揮する富士貴監督は92年に同校の主将としてインターハイ優勝したが、目標は父超えの“高校3冠”。インターハイ、国体、ウインターカップの優勝を狙う。茨城県つくば市出身の父は筑波西中で89年に全中制覇。白新中で21年全中で初優勝し、高校入学前の実績は同じだ。昨年の全中はコロナ禍で準決勝進出の4校同時優勝だったが、平岡は「日本一なのは変わらない」と胸を張る。高校でのプレーへ確かな自信だ。

縦に鋭く切り込むドライブを持ち味にしている。父が主宰するクラブチーム「BOMBERS」の一員として出場した1月の全国U15バスケットボール選手権(東京)では1回戦でチーム最多タイの18得点した。しかし初戦の「KAGO CLUB」(大阪=準優勝)戦は55-56と惜敗。「相手チームの選手と高校で対戦することになったら絶対、勝ちたい」と悔しい思いはエネルギーに変える。

鳥屋野中で全中優勝し、強豪・能代工(秋田=現能代科学技術)に進んだ白新中の堀里也監督(39)は、似ている道を歩む平岡にアドバイスを送った。「自分のなりたい姿を目指して、やることが一番大事」。15歳は恩師の言葉を胸に刻んでいた。【涌井幹雄】

◆平岡皇太朗(ひらおか・おうたろう)2007年(平19)1月4日生まれ、新潟市出身。ポジションはPG。バスケットボールはクラブチーム「BOMBERS」で幼稚園の年長組から始める。白新中では1年からベンチ入り。土浦日大には2人の兄も進学。170センチ、60キロ。血液型O。

○…父でB1新潟の富士貴監督は3兄弟すべて母校に送り込むことになった。長男陸太朗(白鴎大1年)、次男善太朗(土浦日大3年、日大進学予定)とも土浦日大では主力で活躍。「兄たちに負けないでほしい」と皇太朗を激励した。「高校はレベルが高く厳しい世界。中学とは比較できないほど強度が上がる」と気の引き締めを促した。