日本男子のエース、ニナー賢治(29=NTT東日本・NTT西日本)が、上位争いを演じた。スイムを4位であがると、バイクでも入賞圏内をキープ。

ランで遅れて1時間43分8秒の11位に終わったものの、優勝した東京五輪銅メダルのヘイデン・ワイルド(25=ニュージーランド)との差は55秒。来年のパリ五輪メダル獲得に、自信を深めた。

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ゴールしたニナーは、そのまま倒れ込んで車いすで運ばれた。全力を尽くした51・5キロ。「100%、頑張りました」。元気を取り戻して記者の前に立つと、笑顔で胸を張った。「狙っていたのは10位以内。もう少しですね」と言った。

スイムで先頭を争い、4位で上がった。大集団のバイクでも前を走り、最後のランでも大会の日本男子選手最高位に並ぶ8位圏内を守った。しかし、終盤に失速。9位に後退し、1桁順位を逃し、目標にも届かずゴール。「最後の5キロがダメ。もっと練習する必要があります」と話した。

オーストラリア人の父と日本人の母の間に生まれ、パースで育った。日本トライアスロン連合(JTU)の誘いで、18年からは日本の強化指定選手としてレースに出場。21年に日本国籍を取得し「日本代表で五輪出場」の夢をかなえた。

東京五輪の14位で変わった。「もっと強くなって、メダルを」。トレーニングを見直し、普段の生活から改めた。JTUパリ五輪対策チームの山根英紀リーダーは「日本人の繊細なトレーニング法とかレースへの準備とかを取り入れ、強くなった」。昨年大会の27位から成績は急上昇した。

大会前にはスペインで高地トレーニング。2300メートルでの練習が合っているのか「調整はすごくいいと思います」。生来の素質が、ノルウェーを強国に育てた同国式のトレーニング法と日本式の細かな調整法で開花した。直前にパスタを食べ過ぎ、レース中に腹痛で嘔吐(おうと)もしたが「食べ過ぎました」と笑い飛ばす精神的な強さもある。

山根リーダーは成長ぶりに目を細めながらも「(世界シリーズで)8位以内に入らないと、メダルは見えてこない」と話すが、本人は「2、3位は遠くない。自信あります」。まだ不慣れな日本語で、パリ五輪への意気込みを口にした。

◆ニナー賢治(けんじ)1993年(平5)5月26日、オーストラリア・パース生まれ。サッカーやテニスに親しみ、13歳でトライアスロンに出会う。18歳から本格的に競技に専念、18年12月に日本国籍未取得のまま日本トライアスロン連合所属となり、20年日本選手権で初優勝。21年4月に日本国籍を取得した、175センチ、67キロ。

 

○…同時開催のパラトライアスロン世界シリーズPTWC男子で初優勝した木村潤平は「応援に押され、思い通りのレースができた」と喜んだ。世界シリーズでは昨年の横浜など2位が3回、3位も1回。頂点を逃し続けてきただけに「今回は優勝したかったし、やっと勝てたという感じ」と話した。競泳で3回、トライアスロンで2回パラリンピックに出場。「1つ1つ結果を残すことがパリにつながる」と6大会連続出場を目指して話していた。