9日、所沢・くすのきホール。西武の新入団発表イベントは、6選手がそれぞれに意気込みを語り終え、フォトセッションに移ろうとしていた。

 壇上に記念撮影用のスペースを確保するべく、テーブルとイスを移動させるため、ステージ両サイドからスタッフが走る。だが真っ先に備品を動かしたのは、そうした黒子役ではなく「主役」だった。

 ステージ中央のドラフト1位、作新学院の今井達也投手(18)は、手近なイスを素早く後方に下げ、スタッフがテーブルを動かせるよう配慮した。

 ファン数百人の前でマイクを手にし、抱負を語る。そんなプロ契約後初の大イベントが一段落し、周囲の選手たちはホッとひと息ついていた。それが普通だ。

 中には今井の動きにならうように、イスを動かしだす選手もいた。しかしその時、今井はすでに壇上を動き、フォトセッションでの位置取りに備えていた。

 常に先手。イベントの流れ、スタッフの動きをよく観察しているからこその挙動だったように思う。

 その後、今井は報道陣に囲まれ、取材に応じていた。その間も「観察」は続く。記者が胸から下げた通行証に、さりげなく視線をやっていた。

 何人かの記者に聞いたが、自分が見られていたことに気づいていなかった。それほどさりげなく、それでいてしっかりと、社名や媒体名を頭に入れていた。

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 これまで、サッカーやゴルフを取材してきた。

 中村俊輔や柏木陽介には、練習取材中にトイレや電話のためにピッチサイドを一瞬離れたことを、ズバリと言い当てられた。

 松山英樹や石川遼はラウンド終了後「あのホールは右から見ていたから分かると思うんですけど」などと質問に答えることがあった。世界最高峰の米ツアーの厳しい戦いの中でも、各ホールでの記者の位置取りまで把握し、記憶していた。

 一流選手は視野広く、物事をよく観察している。だからこそいろいろなものを取り入れ自分を成長させることもできる。そして試合となれば「彼を知り己を知れば百戦危うからず」だ。

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 今井も本当によく物事を観察している。西武の鈴木葉留彦球団本部長は「しっかりしすぎているくらい、しっかりしている。プロ選手だから、もう少しくだけたところがあってもいいけど」と苦笑する。

 選手の手綱を締める側の球団幹部にこう言わせる高卒新人は、なかなかいないだろう。野球の現場でも、さっそく逸材に出会えた。記者として何よりの幸せだ。【西武担当=塩畑大輔】