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金井ません!都立が東亜倒す/西東京大会

危なげなく勝利し、ガッツポーズする片倉・金井(撮影・鈴木正人)
危なげなく勝利し、ガッツポーズする片倉・金井(撮影・鈴木正人)

<高校野球西東京大会:片倉5-0東亜学園>◇22日◇準々決勝◇神宮

 無名の都立が快進撃だ。片倉が転校を経験したエース金井貴之投手(3年)の活躍で、初の西東京大会準決勝進出を決めた。最速144キロと直球が走り、第1シードの東亜学園を5安打7奪三振で完封。2年の春に神奈川の強豪私学から転校してきた右腕が、最初で最後の夏に輝いた。

 新天地で準決勝進出を決めると、金井はにっこり笑って右手を上げた。第1シードの東亜学園を相手に138球、5安打7三振で公式戦初完封。6回2死まで無安打無得点の快投に「ノーヒットは分かってました。いけるかなと思ったけど、そんなに甘くないですね。今日は100点満点です」と気持ちよさそうに汗をぬぐった。

 この試合からセットポジションをノーワインドアップに変え、直球が走った。自己最速にあと1キロと迫る144キロをマーク。「直球が右打者の外角低め、左打者の内角低めに決まったので、スライダーもチェンジアップも生きた」と5回まで毎回三振を奪った。3ボール0ストライクが5度あったが、巨人吉武スカウトは「適度に荒れていて的を絞りにくい。いろいろな球種を器用に投げる」と評した。

 転校を経験した苦労人だ。中学時代は日野シニアで活躍し、設備が整う神奈川の強豪私学に特待生として進んだ。しかし、1年の5月に右肘靱帯(じんたい)を痛めた。練習ができなくなり「野球をやっていて楽しくなかった。自分の中で1回野球をあきらめた」。ストレスから同年8月に腸炎で1週間入院した。

 失意の中でシニア時代のチームメート、小林章主将(3年)に出会った。「また一緒に野球をやろう」と誘われ、2年春に都立の片倉に転校。規定で1年間は公式戦に出場できなかったが、雑草取りや飲みものづくり、打撃投手など裏方の仕事を黙々とこなした。学年による上下関係が緩やかで、グラウンド整備や荷物運びもじゃんけんで決める部の体質が合った。野球から離れた期間に増えた体重を8キロ落とし、最初で最後の夏に備えた。

 都立勢では西東京唯一の勝ち残り。「どこよりも楽しくできる。神宮で投げられて幸せ」。無欲のまま、1戦必勝で準決勝に臨む。【斎藤直樹】

 ◆金井貴之(かない・たかゆき)1994年(平6)4月13日、日野市生まれ。小学2年から「わかくさクラブ」で野球を始める。小学6年の途中から日野リトルに移り、日野四中時代は日野シニアでプレー。180センチ、80キロ。右投げ右打ち。家族は両親と姉2人、祖母。参考にする選手は巨人沢村。

 ◆片倉 1972年(昭47)創立の都立高校。野球部は73年から東京都大会に参加。過去、夏の最高成績は81年の西東京大会8強。夏は09年が2回戦、10年が5回戦、11年が2回戦敗退。所在地は八王子市片倉町1643。主なOBにファンキー・モンキー・ベイビーズのボーカル、モン吉(33)。

 [2012年7月23日7時4分 紙面から]









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