広島が25年ぶり7度目の優勝を果たした。選手会長として、代打の切り札として、チーム支えた小窪哲也内野手(31)が独占手記を寄せた。

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 鳥肌が立ちました。目指していた姿だった。初めてマジックを減らした東京ドームでの巨人戦。9回に丸の適時三塁打で試合をひっくり返しました。丸がベンチにガッツポーズ。一岡も大瀬良も、みんなベンチを出て拳を突き出した。「こういうチームが強い」。昨季のソフトバンクを見て感じた一体感。それが目の前に繰り広げられていました。うれしかった。写真は待受画面になりました。

 選手会長に就任した直後、黒田さんから「勝つ、負けるは仕方ない。でもこのチームでやってよかった、終わったときにそう言えるチームにしよう」と言っていただきました。そして新井さん、石原さんと懐が深いベテランの3人が「お前の好きなようにやれ」。屋台骨になってくれました。僕ももう30歳。嫌われたって構わなかった。ダサいことにびびらなくなった。

 2人の絆を感じたのは偉業に際して作ったTシャツです。黒田さんが新井さんをいじって、新井さんも仕返し。文言を言い合っている2人の表情が本当に明るかった。ベテラン2人がいい意味で子供のようにはしゃぐので、それがチームにも伝わっていきました。なぜか最後は僕のせいになってましたが(笑い)。

 そしてなによりキクマルが引っ張ってくれました。正直みんな遠慮しているところがあった。去年2人は成績が出ずこのままだと浮きかねなかった。一生懸命、引っ張ってくれようとしていました。でも結果が出ないとささいな言動が小さな反感を買ったりする。だからそれぞれとご飯を食べながら順を追って説明しました。「みんながお前らを見てるぞ」と。2人は素直。不満ひとつなく、変わってくれた。2人がリーダーとして動いてくれました。

 キャンプ地の宮崎・日南市には飫肥(おび)杉という杉があります。しなやかで粘り強く、湿気に強い。まとまると強固になり、25年をかけて育てば船の材料にもなるそうです。キャンプインの日にそれを紹介させてもらいました。「僕たちも飫肥杉のように、1隻の船になろう」。今日、こうして力強い船になれたことをうれしく思います。(広島東洋カープ選手会長)

 ◆小窪哲也(こくぼ・てつや)1985年(昭60)4月12日、奈良出身。PL学園-青学大を経て07年大学・社会人ドラフト3巡目で入団。今季も代打の切り札として2本塁打、9打点。選手会長に就き、記念Tシャツの仕掛け人とうわさされる。175センチ、80キロ。右投げ右打ち。