14日、ロッテ-西武戦開始直前。東京湾に面したロッテの本拠地、ZOZOマリンスタジアムは、その日も風が強かった。
三塁ベンチ前で、多くの報道陣を集めた西武辻監督の取材の輪でも、話題の多くは強風にまつわるものだった。
その中でも、特に印象に残った言葉があった。「バックスクリーンの横あたり、意外と打球がグーンと伸びるんだよね」。
疑問が生じた。計測上、毎秒10メートル前後の南西の風。方角的には左中間から本塁方向へ吹く、打者にとって向かい風になる。
その中、かえって打球が伸びるとは、どういうことか。試合開始後、グラウンドレベルの実際の風向きを確認してみることにした。
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風の見極め方はゴルフ担当時代、プロキャディーのみなさんに教わった。彼らが芝の葉を少しちぎり、宙にまくことで風向きを確認する姿は、ファンでなくとも思い浮かぶだろう。
しかし、あれだけでは選手がショットする付近の風向き、強さしか分からない。だからプロキャディーのみなさんは、そのホール全体の景色の中からヒントを得て、ティーグラウンドからグリーンまで数百メートル間の上空の風を読む。
まずは木の枝や葉の揺れ方。幹の前後左右、どちらが揺れているかを見る。風が当たる方が揺れるから、そちらから風が来ていると分かる。
池があれば水面の揺れ方が風向き、強さを示してくれる。さらには鳥の飛び方、遠くの観客の上着が揺れる様など、さまざまなヒントを手掛かりにする。
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スタジアムで風向きを確かめるなら、最初の手掛かりはやはり、バックスクリーン上方のフラッグだ。
まさに南西の風。左中間方向から本塁に向かい、強くはためいていた。
しかし、グラウンドレベルは違った。目についたのは、ロジンバックの粉。投手の足元で、マウンドから遊撃方向へ白煙が流れた。
フラッグが示す風とは正反対の方向。打者にとって追い風だ。
やや上空も同様だった。7回裏。ファンが打ち上げたロケット風船も、本塁から左中間方向へと流れた。
その直前、西武中村が左中間に本塁打を放っていた。低い打ち出しから、スタンド最上部へ一気に伸びた打球も、打者にとって追い風と示していた。
上空は向かい風。地表は追い風。この現象は、ZOZOマリンスタジアムでの観戦に慣れている方なら、よくご存じかもしれない。
記者にもようやく想像がついた。おそらく風が「ぶつかり」「跳ね返って」いる。
ゴルフツアーの会場では、よくあることだ。崖や背の高い林が近いホールでは、上空の風がそれらに当たり、跳ね返って正反対の向きで地表に吹きつける。
ZOZOマリンスタジアムも、外周を高い壁が囲んでいる。バックスクリーン上空から場内に吹き込んだ風は、おそらくバックネット裏の壁に当たり、グラウンドレベルに流れる。
そしてそのまま、バックスクリーン方向へ吹き抜ける。だから上空とプレーエリアで、風向きが正反対になるのだろう。
9回表。メヒアの逆転2ランも、推論を補足してくれた。中村と同じ左中間への当たりだったが、打ち出しが高かった分、上空の向かい風を受けた。
本人は「手応えは完璧」と振り返ったが、グンと伸びた中村の打球とは対照的に失速し、スタンド最前列にかろうじて届いた。
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風を読むスペシャリストに聞いてみたくなった。
松山英樹のエースキャディーとして、世界最高峰の米男子ゴルフツアーを転戦する、進藤大典さんと連絡を取った。
「オーガスタの12番みたいですね」と進藤さんは言った。マスターズが行われるオーガスタナショナルGCの名物ホール、12番パー3のことだ。
そのホールは、ボールの行方は神に祈るしかないという「アーメンコーナー」の中心にある。三方を高い林に囲まれたくぼ地。風が複雑に「ぶつかり」、「跳ね返り」、刻一刻と向きや強さを変える。
進藤さんは「周囲に風をさえぎる高い壁があって、そのせいで上空と地表の風向きが変わるあたり、ZOZOマリンはまさに12番と同じです」と説明してくれた。そして最後に、ひとつ付け加えた。
「ああいう場所の風は本当に読めない。だからスピースのような世界のトップ選手が、何度も手前の池に落とすんです。だから、もしもZOZOマリンが12番とすごく似ているとすれば、明日も状況が同じだとは限りませんよ」
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予言は当たった。
翌15日。ZOZOマリンスタジアム上空には、前日と同じ南西の風が吹いていた。
ならば、グラウンドレベルも前夜同様、本塁から左中間方向に風が流れるはずだ。
しかし投手がマウンド上でセットポジションに入ると、ユニホームの右肩甲骨付近が、風で強く揺れた。
枝葉の揺れから風向きを読む方法に当てはめれば、右中間から本塁へ向け風が吹いていることになる。
投手にとっては、左後方からの追い風。西武先発、野上亮磨投手(29)にとっても、これは想定とは違った。
上空の風が毎秒15メートル前後と、前夜よりはるかに強かったこともあるかもしれない。球場内に吹き込む強さ、角度が前日とは違った可能性もある。
いずれにしても、前夜とは正反対に近い風。しかし野上の投球からは、動揺は見て取れなかった。むしろ、さえていた。
4回に2安打を集められ、ロッテ打線に先制点は許した。しかしそこから5~8回の4イニング、すべて3者凡退に切って取った。
援護なく敗戦投手となったものの、8回を3安打無四球(1死球)1失点。わずか92球で、救援を要さず投げきった。見事な投球だった。
その中で特に目についたのは、135キロ前後の直球の「威力」だ。
普段よりも10キロ近く遅く、厳しいコースをついているわけでもない。そんな何でもない直球が、打者を空振りや凡打に追い込み続けた。
なぜ、あれで打ち取れるのか。疑問をぶつけると、野上はポツリと明かした。「追い風を利用しました」
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試合序盤。想定と違う向きからの強風が及ぼす投球への影響を、野上はマウンド上で冷静に探っていた。
「一塁側からの追い風だったので、スライダーが難しいなと。それで直球、チェンジアップ主体の組み立てにしたのですが、直球を軽く投げると、フッと伸びたり、勝手に動くことに気づきました」
普段の野上は「調子がいい時は、ボールが柔らかく感じる」と言うほど、指にしっかりとかかった高スピンの速球を投じる。
しかしこの日は試合中盤からあえて、指にかからぬ低速、低スピンの直球を投げた。
ゴルフでも同様の現象がある。強い追い風の中で低スピンのショットを放つと、小さく揺れたり、狙いより飛距離が出たりと、弾道が不安定になる。
プロゴルファーが「球が風にもぐる」と表現するこの現象は、ボール周辺の気流が乱れがちになることから起きる。
野上はこの日の風が、投球にも「球が風にもぐる」現象を起こすことを、マウンド上で把握した。
「普通に投げている直球が、自然と何種類かの球種になった。チェンジアップも抜くというより、弾くような意識で投げました」
右手を瞬発的に「パー」の形に開くようなリリースで、手のひらの中央でボールを弾き出す。
通常の「抜く」リリースよりも、さらにスピン量が減る。そして追い風の中で、ナックルボールのように不規則な動きをみせ、打者を幻惑した。
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野上は「この風だからこうする、という定石は自分の中にはない。今日もマウンドに上がってみての、感覚的な対応です」と言う。
負けてなお、野上の冷静さ、対応力は光った。
自分の調子に合わせて。
会場のコンディションを鑑みて。
マウンド上で状況に自分をフィットさせ、試合をつくる。野上が周囲から信頼されるゆえんだ。
シーズンは長い。チームにもさまざまなことが起きる。この日のような、気象状況の変化だけではない。
チームの勢い。ペナントレースの流れ。ファンが醸成する雰囲気。そしてハプニング。そんな予測不能の「風」が吹く瞬間が何度も訪れる。
それらに対応する方法を記した教科書などはない。状況を分析し、把握する冷静さ、そして感覚的な対応が必要になる。
野上はそれらを備えている。辻監督の言葉をきっかけに、ZOZOマリンスタジアムの強く、気まぐれな風の行方を追ううちに、期せずして証明された。
コンディション、技術両面も、ここ数年になくいい状態にある。正確に風を読み、的確な航路を示す熟練の船員のように、辻西武の新しい航海のキーマンになる。【塩畑大輔】