中日で俊足好打の二塁手として活躍し、2軍監督などを務めた井上登(いのうえ・のぼる)氏が5日、脳内出血のため名古屋市内の病院で死去した。77歳。愛知県宝飯郡(現蒲郡市)出身。葬儀・告別式はすでに近親者ですませた。

 岡崎高から1953年(昭28)に名古屋(現中日)入団。シュート打ちの名人として定評があり、54年西鉄との日本シリーズ第7戦では決勝打を放ち、日本一に貢献した。62年南海に移籍。67年中日に復帰し、同年限りで現役引退。中日打撃コーチや2軍監督を務めた。実働15年で1506試合に出場、打率2割6分5厘、111本塁打、570打点。ベストナイン5度、球宴出場4度。