<ヤクルト2-7阪神>◇28日◇秋田

 一塁走者との駆け引きが勝負の分岐点になった。2点リードで迎えた3回1死一、三塁。ベテラン下柳が絶妙なけん制で窮地をしのいだ。宮本への投球前、素早く一塁に投げる。俊足福地も不意を突かれ、間に合わない。アウトカウントを増やし、心理的な重圧も軽くなった。巧打者宮本も難なく、二ゴロに封じる。序盤をしのぎ、チームを勝利への流れへと導いた。

 交流戦明けの初戦。優勝に向けてペースアップするためにも負けられない1戦だった。それだけに、下柳も胸をなで下ろす。「勝てて良かった。(けん制は)今年初めてだろ。矢野のサイン。感謝している」。打者に向かって投げるだけではない。マウンドの周囲にも注意を傾ける。この日はけん制球で自らを救った。

 久保チーフ投手コーチも「あまり(けん制は)うまくないんだよ。だから引っ掛かる。用心しないから」と明かす。走者の抱く『不得意なイメージ』を逆手にとって、トラップを仕掛けた。今年40歳を迎えるベテランバッテリーの「頭脳」の勝利だ。17日楽天戦(甲子園)以来、中10日のマウンドだったが、6回を投げて青木に右翼へのソロ弾を浴びただけ。今季7勝目を飾った。

 プロ18年目で、秋田のマウンドは初めてだった。試合前練習では、プレート上に立ち、感覚をチェック。周到な準備を欠かさなかった。それだけではない。懐かしい「ゲスト」も心の支えになった。練習を終え、三塁側ベンチに引き揚げる際、頭上から「シモ!

 シモ!」と声を掛けられた。見上げるなり、笑顔に変わる。「わざわざ遠くからありがとうございます」。

 社会人時代に新日鉄君津でともにプレーした、岩手・盛岡市在住の若槻弘之さん(52)だった。プロを目指して、必死に白球を追った当時が、いまの基礎になっている。若槻さんは「全体練習が終わってからも、自分でずっと走っていた。その土台が今につながっているんじゃないですか」と振り返る。白球に誠実に向き合うのが下柳の流儀だ。

 春季キャンプ中も、ブルペンでの投球練習を終えるとけん制球の練習を行ったこともある。すべてのトレーニングに意志が宿る。鉄腕が勝負どころで成果を示し、大きな白星をつかんだ。【酒井俊作】