<巨人3-1中日>◇6日◇東京ドーム

 剛腕が戻ってきた。今季初登板となった巨人先発の沢村拓一投手(26)が、8回を7安打1失点の好投で初勝利を挙げた。2月キャンプ中に右肩を痛め、つらかった2軍調整の日々。待ち望んだ1軍のマウンドで、本拠地東京ドームでは12年10月6日DeNA戦以来となる先発勝利をつかんだ。打線も沢村の好投に応えて8回に勝ち越しに成功。今季初の同一カード3連勝で貯金を15に伸ばした。

 東京ドームに沢村の名がコールされた。帰ってきた剛腕が、ファンの大歓声で迎えられた。「もう投げられない、歓声は聞けないと思ったところから始まった。こんなに声をかけてくれる人がいて、奮い立たせてくれるものなんだ」と頬を赤くした。

 軸球の変化を見事に操った。初回先頭・大島へ全球勝負でみせた最速152キロの直球。中盤以降は140キロ台のフォークを多投し、4回は決め球で3者連続空振り三振。さらに終盤にはキレのあるスライダーでストライクカウントを稼いだ。安定した投球で1四球。失点1に抑えた。「勝負どころでストライクをとれたのは大きい」。打線の援護もあり、本拠地で2シーズンぶりの先発勝利をたぐり寄せた。

 苦難の道のりを経た。2月3日。右肩痛のため2軍調整となった。実戦復帰まで3カ月を要した。投げられない日々は葛藤だった。2月、サンマリン宮崎のトレーニングルームから「うおーっ!」と獣のような叫び声が漏れた。主はバーベルと格闘中の沢村だった。近くにいた若手は「200キロ近かったですよ」。

 昨オフ、200キロ以上のベンチプレスはやめると宣言した。無類の筋トレ好きが、勝つための投球技術を重要視した。それでも投げられない現実。自分の意志とは裏腹にいつの間にか手を伸ばしてしまった。

 沢村

 極論ですけど、ピッチャーは、歩けなくても肩だけ大丈夫だったらいい。だからこそ苦しい。

 腐りはしなかった。禁酒、午後9時就寝、午前5時起床のルーティンは順守。「1軍にいる姿を思い描いて生活している」と口癖のように言い続けた。さらに「僕はニイテンサンを忘れない」と歴史の事象のように胸に刻んだ。

 やっと踏めたマウンド。魂の121球だった。「いろんな人の支えがあってここまで来られた。ありがたいです」。やっと帰ってきた。【栗田尚樹】<沢村の苦闘アラカルト>

 ◆配置転換

 13年9月6日、先発で10試合勝ち星から遠ざかり、5連敗。原監督から「少ししんどいね」と評され、中継ぎに配置転換。

 ◆先発直訴

 11月19日、原監督に翌シーズンの先発復帰を直訴。ただし「今年の反省と来季はどういう投手、先発を目指すのか、その対策を聞かせてくれ」と条件がついた。

 ◆変身

 13年秋から14年冬のオフは低酸素状態をつくり出すマスクをつけて走り込み。200キロ以上のバーベルを使った筋力トレをやめ、体幹を鍛えた。

 ◆右肩違和感

 14年春季キャンプの3日目に右肩の違和感を訴え、2軍降格。

 ◆一時離脱

 4月5日に胃腸炎を発症。同9日に復帰。

 ◆フリー打撃

 5月7日、2軍降格後に初めてフリー打撃で37球。同10日に亀井と対決し50球を投げた。

 ◆実戦復帰

 5月22日のイースタン・リーグ日本ハム戦で実戦復帰。