あの「辰吉コール」が耳にこびりついている。もう12年以上前になる。02年12月、大阪府立体育会館。当時32歳だった元WBC世界バンタム級王者辰吉丈一郎が、3年4カ月ぶりの復帰戦で、元世界王者のセーン・ソー・プルンチット(タイ)と対戦した。

 当時、記者は入社3年目だった。アマチュアボクシングをしていたので、辰吉-薬師寺戦、辰吉-シリモンコン戦はドンピシャの世代。ただ辰吉は99年8月のウィラポン第2戦を最後に、リングから遠ざかっていた。まさか自分がリングサイドで、復帰戦の記事を書くとは思ってもみなかった。練習、復帰会見、スパーリングと取材していたが、群がる群衆をかき分けて32歳の元王者が花道に現れた時は「これは現実の出来事なのか」と不思議だった。

 リングインの時、辰吉は足をすべらせて、エプロンサイドから落ちそうになった。周囲に支えられて落下は免れたが、ひどく不安に思ったことを覚えている。ゴングを待つその顔は青白く、ひげにも白いものがまじっていた。3年4カ月の長期ブランクもあり、会場には緊迫感が漂っていた。辰吉は5回に50発以上の連打でセーンをロープにくぎ付けにして、セコンドから「もうストップや! ストップ!」と怒鳴り声が飛んだ。その回は仕留めきれなかったが、続く6回にTKO勝ちを収めた。

 勝利したリングで辰吉は、右腕を何度も振るって「辰吉コール」を全身に浴びた。そのかたわらで、10歳だった長男の寿希也さんは号泣し、6歳だった次男の寿以輝は不思議そうな顔で熱狂する会場を見ていた。

 その寿以輝(18=大阪帝拳)が16日、ついにプロデビューする。会場はあの時と同じ大阪府立体育会館だ。長い時を越えて、あの「辰吉コール」がよみがえるのだろうか。次男が入場する時、再び「これは現実の出来事なのか」という思いにとらわれるような気がしている。【益田一弘】