【1995年10月8日付・日刊スポーツ紙面】

 昭和の父親像は威厳のある「かみなりオヤジ」だった。されば平成の世はどうなっていくのか?

 理想の「父親」「パパ」「オトーちゃん」をテーマに、各界の有名著名人が語る新連載「親父って何だ!?」が、きょう8日からスタートします(毎週日曜掲載)。トップバッターは、ヘソ出しコギャルたちにも「チイチイ」の愛称で人気を誇り、自らも20歳の娘さんのパパである俳優の地井武男さん(53)です。【聞き手・寺沢卓】

 父の金治は若いころ、その世界では全国的に名の知れた軟式テニス選手だったため、名物オヤジだった。小学校の運動会では全校生徒の前で演説したり、イガグリ頭の武男少年にとっては誇らしくもあり、気恥ずかしい存在でもあった。地井は、その名物オヤジが45歳の時に8人兄弟の末っ子として産声を上げたのだ。

 「とにかくパワーのある人でね。毎年暮れに正月のモチツキをやるんだよ。50人分以上を朝7時ぐらいから、ひたすらつくんだな。しかも交代もせず一人で。オヤジは確か55歳ぐらいだ。最近オレもモチツキをする機会があって、やったけど体中痛くてヘロヘロ。オヤジはスゲェな」。

 “パワフル金治”の伝説は尽きない。地井の通っていた匝瑳(そうさ)高の正門は、急こう配の坂で全長100メートルはある。そこをギアなし自転車で加速をつけ、金治は上っていく。地井が15~18歳だから、金治は還暦を越していた。

 「何しろテニスではだれも頭が上がらない。コートではオレも“先生”って呼ばないとブン殴られた。県大会だって、国体だって、どこまでもついてきちゃう。腕組んで指示出す姿は圧倒されましたね。でも、よく話もしたし、反発心はなかった」。そんな、怖~い父親だったが、地井が1回だけ正面からぶつかったことがあった。高校卒業を控えて、上京して俳優になる決意を明かした時だ。映画館通いは日常だった。裕次郎にあこがれ、「わき役だったらオレにも」と思っていた。親せきや兄弟を通じてそれとなく「武男は東京に行きたいんだと」と金治の耳に入るようにした。金治を説き伏せるために寝ないで作戦を練った。そして、対決の日がきた。

 「“映画スターにあこがれている。俳優座の養成所に入って、みっちり基礎を勉強して役者を目指す。真剣なんだ、だから東京に出たい”なんてことを言いましたね。そうしたら、“大学には演劇部はないのか”ときた。“早大や日大にはあるが、オレの頭じゃ入れない。だったら最初から実地で役者になれる養成所がいい”。ヘリクツだけはうまかったみたいだね。でもびっくりしたのは、オヤジが“やれるとこまでやれ”って許してくれたこと」。

 ガンコ一徹だが、子供の意思は尊重してくれた。わき役で出た舞台にもこっそりと見にきてくれた。テレビで初の大役が回ってきたのは、刑事ドラマ「七人の刑事」で犯人役をもらった時、芸能界に入って10年目、地井は27歳だった。しかし、その放送日に金治は72歳の天寿を全うした。その晴れ姿を見せられなかったことが、残念でならない。

 ★一人娘の麻衣子さんの話

 父と母と3人でしょっちゅう夜中におしゃべりしてますよ。感覚的にはお友達に近いかな……なんて。私のよく見るのはテレビの中の堅い役ですけど、今じゃチイチイなんて呼ばれて……でも、チイチイの方が父らしいかな。

 ★地井武男に聞く

 -最近は女子中高生にすごい人気ですね

 地井

 何なのかね。街歩いてても「チイチイ」って気軽に声をかけてくる。若い子のファンレターも多くなりました。

 -どんな内容ですか

 地井

 「私にはお父さんがいません。チイチイみたいな優しいお父さんがほしいな」なんて文句を読んじゃうといいよね。

 -「チイチイ」と呼ばれるのには抵抗ないですか

 地井

 ウ~ン、よく聞かれるけど、うれしいですよ。今まで刑事とか堅い役のイメージがありますけど、オレ自身はバラエティーが大好きなんでね。だから、自分の中では「地井」から急に「チイチイ」になったなんて思ってません。前々から要素はあったんですよ。

 -子育てではやっぱりお父さんの後を継いでゲンコツオヤジなんですか

 地井

 とんでもない(笑い)。オレは頭が悪かったから、強制的に娘に「勉強しろ」とは言わなかった。体育会系のスパルタ式は嫌いじゃないけど、自分の子供にはできないね。ただ、基本的なルールに関しては厳しく言いましたよ。オレのオヤジもそうだったから。大きな声であいさつする。向こうから知らない人が来ても「こんにちは」が言える。だって、気持ちいいじゃないですか。これさえできればOKですよ(笑い)。

 -よく娘さんとは話しますか

 地井

 よく話す方じゃないですか。大学ではゴルフ部なんかに入っているから、カミさんも含めて3人でゴルフに行ったりもしてますよ。でも、娘はね、小学校ぐらいから“女房2号”みたいになって、オレが何かやると「ダメじゃない」なんて言ってましたよ(笑い)。その娘もハタチになっちゃいましたからね。まあ、もっともハタチだから、何が変わるわけでもないんですけどね。