白鵬(30=宮城野)が、横綱としては前代未聞の「猫だまし」を見せた。関脇栃煌山(28)に対し立ち合い直後を含めて2度も奇策を使い、最後は寄り切った。初日から唯一の10連勝としたが、場内のファンからはヤジも飛び、北の湖理事長(62=元横綱)から「横綱としてやるべきことじゃない」と厳しい指摘も受けた。

 誰もが、目を疑った。立ち合い直後、白鵬が栃煌山の顔の前で両手をたたいた。そのまま左に動くと、振り向いた相手の前で、またも手をたたく。史上最多35度の優勝を誇る最強横綱が、2度の猫だまし。寄り切って全勝を守ったが、熱戦を期待した場内からは痛烈なヤジが飛んだ。

 「横綱が、そんなんでええんか!」

 「堂々とせい、堂々と」

 そんな声が聞こえたか、それとも奇襲が成功した満足感か。土俵を下りた横綱は笑みを浮かべた。支度部屋でも報道陣の前で手をたたき「うまくいったかどうかは分からないけどね。勝ちにつながったんでね。うまくいったと思います」と話した。ツイッターでは「1度はやってみたかった」とつぶやいた。

 朝から何か画策していた。土俵際に下がってから立ち合う稽古をして「今日やろうかな。面白いでしょ」とにおわせていた。猫だまし決行を決めた時期については「想像にお任せします」とけむに巻いたが「とっさではない」と、計画していたことを明かした。

 横綱の奇策に対し、協会幹部は手厳しかった。北の湖理事長は「やられる方もやられる方だし、やる方もやる方。横綱としてやるべきことじゃない。前代未聞なんじゃないの?」と首をかしげた。藤島審判長(元大関武双山)は「余裕があるんですよ。中に入れさせなければいい。一番、それを考えている。勇気がいる」と横綱の度胸を認めつつ「そういう相撲を取って、人がどう評価するか。その人の値打ちがどう評価されるか」と疑問を呈した。

 いつもは盛り上がる取組直後の場内は、戸惑うような雰囲気に包まれた。「一瞬だから、よけるように見えたんじゃないの。帰ってビデオを見れば分かるんじゃない。こんな技もあるって」と白鵬。そう苦笑して休場明けの場所を「楽しんでます」と言ったが、横綱として会場を訪れたファンを十分に楽しませることはできたのか。

 「みんな(モヤモヤした)気持ちが残っちゃうでしょ。横綱はそういう風に見られちゃダメなの。ため息になっちゃうでしょう」。後味の悪さを残念がった北の湖理事長の言葉が響いた。【木村有三】

 ◆猫だまし 相撲で立ち合いの奇襲戦法の1つ。立ったと同時に、相手の目の前に両手を突き出し、手のひらをパンッとたたくこと。相手の目をつぶらせ、ひるませることが狙い。格上の相手や、体格で自分より大きい相手などに対してとることが多い。