複数のポジションをこなせるセンスは、強じんな肉体に支えられている。1対1は決して当たり負けせず、90分間走り回れるスタミナも自慢。メンタルも強い。国見高時代は2、3年時にスイーパーとしてプレーし、危機察知能力に優れる。試合を堅実に進めたい公式戦などでは、監督が先発として起用したいタイプのプレーヤーといえる。
04年1月に、国見高の後輩にあたるFW平山がチームに加入してきた時は、良き兄貴分として面倒も見た。最年少で落ち着かない18歳(当時)の話し相手になり、ストレッチなどではパートナーを務めたりして、チームにとけ込みやすいように気を配った。ピッチ内外で山本ジャパンに欠かせない戦力だった。
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| 五輪壮行試合日本対ベネズエラ 後半、徳永悠平(右)はスライディングでボールを奪う=2004年7月30日、国立競技場
(撮影・鹿野芳博) |
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