J2磐田が、23日のリーグ最終節で3年ぶりのJ1復帰を決めた。昨年9月から就任したOBの名波浩監督(42)のもと、チームは再生した。その背景には何があったのか。「ジュビロ復活の理由」と題して、“名波改革”を振り返り、来季を見据える。

 第1回は、菅野淳フィジカルコーチ(50)を迎えて取り組んだ「フィジカル改革」に迫る。

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 韓国KリーグのFCソウルでフィジカルコーチを務めていた菅野氏は、昨季終了後に名波監督から連絡を受けた。

 「フィジカルが弱くて、ゲームプランが作れないです」

 J1昇格プレーオフ準決勝、山形戦では、選手が足をつるなどして交代枠を使い切り、敗れた。J1復帰のために、フィジカル強化は必須条件だった。

 菅野氏は、黄金時代の磐田を支えた1人だ。ヤマハ発動機時代の92年から長きに渡り、選手のコンディション作りに尽力した。07年にJ1神戸に移籍後、11年から韓国へ。名波監督が日本協会公認のS級ライセンスを取得する際は、FCソウルでの研修をサポートするなど、信頼関係は続いていた。FCソウルから引き留められたが、連絡を受けた時点で、心は決まっていた。

 菅野氏は、シーズンを通して戦う体力作りを目指した。キャンプの張り込みだけでなく、シーズン中も2部練習など負荷のかかるメニューを取り入れた。「シーズン終盤で、尻上がりになるチームにしたかったんです」。

 結果、長期離脱をする選手が出ず、チーム力の底上げにつながった。監督との密な連絡で、故障の早期発見を繰り返し、大けがを防いだ。監督も体を痛めた選手に積極的に声を掛け、「少し休んでおけ。大丈夫。次も使うから」と指示し、無理な練習参加を回避させていた。さらにアップのメニュー作成は菅野氏に任せるなど、作業を分担した。「こんなにやりやすい監督はいない」と菅野氏は言う。

 名波監督はシーズン終盤、昨年との違いを問われると「今季はけが人が少なくて、選手の選択肢が多い」と口にしていた。大分戦では、すべて戦術面で3人を交代。足をつる選手はいなかった。1年間取り組んだフィジカルの強化が、J1昇格につながった。【保坂恭子】