不退転の決意で臨む。26日のJ2開幕まであと3日に迫り、今季から就任したモンテディオ山形・木山隆之(たかし)監督(45)が、意気込みを語った。山形が昇格プレーオフを勝ち上がった14年の2年前の12年に、木山監督はJ2ジェフユナイテッド千葉を率いてプレーオフ決勝で敗退。J1昇格を逃し、就任1年目で退任する苦い経験を味わった。山形が体感した歓喜とは逆に、勝負の厳しさを学んだ指揮官がクラブ通算3度目、自身にとって初のJ1昇格に導く。

 充実感しかなかった。木山監督にとって7度目の開幕を前に、自然と自信があふれ出していた。

 木山監督 仕上がりは悪くない。良いところはいっぱいある。新しいチームになったけど、まとまっている。

 湧き出る自信の裏に、苦い体験を胸に秘めていた。12年のプレーオフ決勝で大分トリニータに0-1で敗れ、念願のJ1昇格を逃した。この敗戦が、結果的に木山監督を大きく飛躍させた。

 木山監督 惨敗ではなく、ちょっとした差で負けた。負けたことで、たくさんの人の人生を変えてしまった。昇格を逃したことで、監督という仕事の意味を、あらためて見つめ直した。

 監督人生を左右するほどの強烈な出来事だった。監督の在り方を自問自答する日々が始まった。

 木山監督 簡単に「やりたい」とか、それだけで務められる仕事ではないのは分かっていたけど…。次に監督をやるときは、自分の持てるものすべて、何を費やしても自分と一緒に仕事してくれる人を幸せにしたい、その思いでやろうって心に決めた。襟を正し、背筋を伸ばしてもっと自分に向き合って、自分を高めないといけないと思えた千葉の1年だった。

 千葉の監督を退任後は、2年間ヴィッセル神戸のコーチを務めた。監督の座に返り咲いた愛媛FCでは就任初年度の15年に5位に入り、昇格プレーオフに導いた。

 木山監督 勝負の怖さを思い知ったからこそ、また勝負をしたいって思っていた。1回きりの人生の中で、勝負しない人生なんかつまらない。人生の全部をかけてやること、そんな仕事を楽しみたいと思ってやれている。そういう世界に身を置いて仕事ができるのは、僕は楽しいことだし、幸せなこと。

 愛媛での奮闘が評価されて、チーム3度目のJ1を狙う山形にやってきた。

 木山監督 監督として、もう1回上を目指すためには、いつかもっと大きくなれるチャンスがあるときに、それを生かさないと、と思っていた。山形に来たのは、意気込みというレベルじゃない。意を決して来た。目標は1つ、J1昇格しかない。【取材・構成=高橋洋平】