「お疲れさま」とは言いたくありません。最後とは思いたくありません。北島康介選手(33=日本コカ・コーラ)が敗れた後のインタビュー。元選手、関係者だけじゃなく報道の方も泣いていました。私も100メートル決勝ではスタートの姿を見ただけで涙が出てしまったので、今日は少し引いた感じで見ようと思っていました。でもやっぱりダメでした。

 北島選手は速い、強い、だけじゃないスイマーです。人間として尊敬できる。2004年アテネ五輪で金メダル2個を獲得しました。普通ならその後は選手として特別扱いです。別メニューで練習とか、どんどんチームから離れていってしまうのでは、と思っていました。でも彼は違った。それまで通り代表チームとして行動して、選手間のバランス、調和をはかってくれた。彼にとっては当然なのかもしれませんが、仲間として見られていると思うと私たちもうれしかった。「チームメートなんだ」と思えた。ずっと競泳界を引っ張ってきたのは、レース結果だけじゃない部分が大きいんです。

 高校生のとき、当時の第一人者の林享さんに勝ったときのことを覚えています。「時代が変わった」と思いました。あれから日本の男子平泳ぎのレベルは飛躍的に上がった。今日も北島選手は2分9秒台で泳いでいるのに5位でした。彼の功績が表れたレースだったと思います。

 私は2001年、福岡の世界選手権で初めて北島選手と日本代表のチームメートになりました。あのときはやんちゃなイメージだったけど、「絶対メダルを取る」と言って本当に銅メダルを獲得した。「この人すごいな」と有言実行ぶりに驚きました。

 この日の決勝で代表に決まった小関選手、渡辺選手だけじゃなく、ほかの五輪代表も、北島選手の守ってきたプライドを見習ってほしい。競泳の選考基準は本当に高いんです。五輪に行くだけで終わりじゃなく、ここがスタート。世界に挑むチャンスが目の前にあるのだから、プライドをもって戦ってほしい。それが偉大な先輩への恩返しだと思います。(伊藤華英=北京、ロンドン五輪代表)

 ◆伊藤華英(いとう・はなえ)1985年1月18日、埼玉県生まれ。00年日本選手権に15歳で初出場。01年世界選手権で初代表入り。08年北京五輪で背泳ぎ2種目出場、12年ロンドン五輪は自由形リレー2種目出場。12年秋に現役引退。順大大学院博士後期課程。173センチ。