トレードをきっかけに、それまでの殻を打ち破る選手がいる。一般的にはトレードの成功例と言われ、今季の日本ハム大田も、そんな言われ方をする。だが、トレード当事者じゃなくても、それがあてはまることがあるのではないか。交流戦で打率2位と活躍した、日本ハム松本剛を見て、そう思う。

 12年のドラフト2位。1位は入団を拒否した菅野(現巨人)であり、高卒内野手ながら最上位の入団選手。球団の期待は高い。だが昨年までの5年間で、1軍出場はわずか25試合。持っている実力を発揮できずに時間だけが過ぎていた。

 ドラフト同期には松本のほか、石川慎吾、近藤健介、上沢直之の高卒選手がいた。この4人、すこぶる仲がいい。プライベートでもいつも集まって食事をともにし、遊びに出掛ける。昨オフ、石川慎の巨人へのトレードが決まった。ともに1軍に定着できずにいた松本と石川慎は、「対戦相手としてグラウンドで会えたらいいね。(2軍の)鎌ケ谷やジャイアンツ球場ではなく、札幌ドームで」と誓い合った。

 泥臭く努力を重ねる石川慎の姿、思い切りのいい打撃を、松本は一番近くで見てきた。「慎吾は巨人で絶対に活躍するだろうな」。予想通り、石川慎は新天地で開幕レギュラー争いに加わり、定位置をつかみかけるまでになった。一方の自分は…。2軍で開幕を迎え、イースタン・リーグの試合中にケガも負った。このままでは、昨年までと何も変わらない。発奮材料はやはり、石川慎の存在だった。

 毎日欠かさずに、巨人の試合結果をチェックする。活躍していれば、すぐにメールを送った。「刺激にはなりますよ。自分も頑張らないと」。負けてはいられないと、松本もまた、懸命に汗を流した。4月23日に今季1軍初昇格すると、同25日のソフトバンク戦(北九州)で、プロ入り初アーチを含む、1試合2本塁打。試合後すぐに連絡をくれたのは、石川慎だったという。

 6月9日の交流戦、日本ハム対巨人。2人の名前は、ともに両軍のスターティングメンバーにあった。2回、石川慎が先制打を放つと、その裏に同点打を放ったのは松本だ。あの日“1軍半”だった2人は、約束通りにひのき舞台で対決し、そろって活躍した。

 松本は前半戦を終わって、規定打席に70打席ほど足りないながら、打率2割9分3厘と好成績を残している。急に変貌を遂げたのではなく、もともとの能力をようやく発揮し始めたということ。そのきっかけのひとつが、同期のトレードであったのではないだろうか。【日本ハム担当=本間翼】