中日担当記者に復帰して、やっと2週間ほどが過ぎた。

 首脳陣、選手はもとより取材環境もガラッと変わっていて、日々、加齢臭を発生させるねっとりした汗をかきながら現場を右往左往している。

 3月末のソフトバンクとのオープン戦では、ホークス担当の先輩の佐竹記者、同期の浦田記者と、私自身にとっては10・8(94年の中日と巨人の最終決戦)以来のナイター取材も体験した。「3人合わせたら軽く150歳超えると」と、九州なまりで笑わせてもらった。入社したばかりの頃は、先輩にくっついて取材現場をちょこまか動く「カルガモ記者」などと言われていたが、当時から20キロ近く増量した。立派なブロイラーになってしまった。

 3月19日に東京で「星野仙一氏 お別れの会」の取材に出向いた。中日からは森監督も出席していたが、荒木雅博内野手(40)も移動日を利用して献花に訪れていた。昨年2000安打を達成したベテランと話す機会が持てた。「今年は開幕までがすごく楽しい。こんなに調子のいい開幕前はいままでなかった。いつもと違う姿を見せれば、新戦力として判断してもらえる。だから去年までと違う姿を見せれば、活躍する場がもらえる」。今年のオープン戦は6試合と出場機会こそ少なかったが、8打数4安打1打点と自己最高の打率5割を残した。また3得点と、ダイヤモンドを駆けめぐった。さわやかで若々しかった。

 この3月上旬までは、私は広告事業部で「日刊アマゴルフ」など、日刊スポーツが主催するゴルフイベントを運営してきた。そんな環境でゴルフ競技運営だけでなく、自らもゴルフ場の会員となり、対外試合にも出るようになった。そんな話を荒木とした。

 「試合とかで、いい結果が出ると、頑張ろうって思うでしょ」。40歳になっても、名球会入りしても、“野球少年”の目はキラキラしていた。関西ゴルフ連盟が主催するアマチュアのアンダーハンディ競技(自身のハンディキャップを採用して、他選手と競う試合)で上位に入ったとき、その後の練習に力が入ったことを思い出した。

 荒木は故障もなかったが、枠の関係で開幕1軍は逃した。「4月後半から5月に1軍に上がるように調整しているんです」。中日一筋23年のベテランは、自らが必要とされるときを知っている。“野球少年”が見せてくれた心意気に感化された。私にとって23年ぶりのプロ野球開幕に立ち会った。ゴルフクラブは握れていないが、スマホのアプリで入れた、腹筋プログラムをスタートさせた。試合は9月中旬。いつまで続くことやら。【中日担当 伊東大介】