20年の阪神にとって、スアレスは素晴らしい“再生可能エネルギー”であった。19年限りでソフトバンクを自由契約となり、阪神に拾われた。17年4月に受けた右肘手術の影響を、不安視する声があったのも事実である。19年は登板わずか9試合。そこから新天地の水に慣れ、セ・リーグ最多の25セーブを記録した。阪神で国内移籍選手のタイトル獲得は、前オリックスの桑原謙太朗が17年に最優秀中継ぎ投手となって以来。戦力外を経て移籍した選手の栄冠となると、球界全体で見ても珍しい。

阪神入りが決まった際には、先発か救援かも決まっていなかった。ところが藤川の不調により、守護神に定着する。7月12日DeNA戦では移籍後初セーブ。国内他球団での在籍経験のある助っ人投手はスタンリッジ(前ソフトバンク)メンドーサ(前日本ハム)ガルシア(前中日)に次ぎ4人目だったが、セーブを挙げたのは実はスアレスが初。ここからは、順調に数字を積み重ねていった。

20年にセ・リーグで50試合以上で救援登板した10投手で比較しても、安定感は際立っていた。被打率1割9分4厘は1位で、唯一の1割台。得点圏での被打率1割6分7厘も最良だ。また、シーズン通して与死球は0と、安心して見ていられた。

さて、巨人戦である。阪神以下に大差をつけリーグを制した覇者を相手に、スアレスは安打を1本も許さず、無失点という圧倒的な好投を見せた。被打率0割0分0厘、防御率0・00。3セーブ、1ホールド。文句の付けようがない。ところが問題がある。セ最多セーブの抑えの切り札は、このカードでの登板はわずか4試合、イニング数は4回3分の1だったのだ。他の4球団との対戦ではいずれも10試合以上マウンドに上がっており、伝統の一戦での出番の少なさは嫌でも目立つ。阪神は20年の巨人戦で8勝16敗と、独走を手助けしてしまった。スアレスを投入する展開がなければ、まさに宝の持ち腐れ。07年以来14年連続で、勝ち越しがない伝統の一戦である。21年こそ好相性の巨人を相手に、連日連夜の仁王立ちを見せてほしい。【記録室=高野勲】

10月24日、巨人に勝利しハイタッチするスアレス(右)ら阪神ナイン
10月24日、巨人に勝利しハイタッチするスアレス(右)ら阪神ナイン