東大野球部は今春から、およそ30年ぶりにユニホームを一新した。東京6大学野球では、他の5校がほとんどデザインを変えない中、東大はしばしば変更してきた。どんな理由で、どのように変更したのか。その変更には、どのような意義があるのか。ユニホーム研究の第一人者、綱島理友さんが、東大野球部100年のユニホームをデザイン面から解説する。【取材=秋山惣一郎】

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東大のユニホームは、時代のモードを敏感に取り入れ、常に変化しているのが特徴です。他の5大学はほとんど変更がないので、否定的に見る向きもあるでしょうが、時流に合わせて変える柔軟さこそ、東大の伝統なのでしょう。

最初期のユニホームから見てみます。「TIU」の楕円(だえん)形の左胸マーク(※1)が目を引きます。NHK大河ドラマ「いだてん」で知られる「天狗倶楽部」(※2)とよく似ていますね。同時代の米国にも見られない、オリジナリティーのある形です。

歴代東大ユニホーム(提供=東京大学野球部100年史編纂委員会)
歴代東大ユニホーム(提供=東京大学野球部100年史編纂委員会)

1951年(昭26)に採用された2段の「TOKYO UNIV」(※1)は、49年に来日し圧倒的な強さを見せた米国の3Aチーム「サンフランシスコ・シールズ」の影響とみられます。シールズは日本のプロ選抜チームなどと対戦して全勝。とにかく強かったので、胸マークが格好良く見えた。プロ野球でも大流行します。このユニホームから胸マークやアンダーシャツ、ストッキングが黒からスクールカラーのライトブルー(※3)になります。朝鮮戦争特需で物資が豊かになり、プロでも阪神で縦じまが復活した時代。当時の経済状況も読み取れます。

歴代東大ユニホーム(提供=東京大学野球部100年史編纂委員会)
歴代東大ユニホーム(提供=東京大学野球部100年史編纂委員会)

60年からは胸いっぱいの「TOKYO」、全体をライトブルーでまとめた、奇をてらわない定番のスタイル。その後に登場する革命的ユニホームを前にした過渡期と言えます。

70年代、ユニホームの素材に大きなイノベーションが起きます。ダブルニットの登場です。従来の木綿やウール地に比べて伸縮性に優れ、鮮やかな色使いが可能になった。東大は75年、ダブルニットの特性を生かし、上着はボタンのないプルオーバー、パンツはベルトレスという革命的なユニホームを採用します。プロ野球でも数球団しか使っておらず、保守的な学生野球ではなおのこと。進取の精神には本当に驚かされます。その後、ボタンとベルトは復活しますが、90年まで基本的なデザインが踏襲されました。

歴代東大ユニホーム(提供=東京大学野球部100年史編纂委員会)
歴代東大ユニホーム(提供=東京大学野球部100年史編纂委員会)

ダブルニットの登場以降、80年代半ばまで流行した鮮やかな色使いのユニホームは一転、米大リーグでは、60年代のオーソドックスな「ネオクラシック」へと回帰します。東大は91年、ロサンゼルス・ドジャースに倣ったグレー地のクラシックなスタイルを採用。時代に合わせ、変化を恐れない伝統を遺憾なく発揮します。

創部100年の今年、約30年ぶりの全面モデルチェンジに踏み切ります。白地に黄色とライトブルーの2色使い。プロ野球では近年、さまざまなイベントに合わせ、奇抜な企画ユニホームが流行しています。「創部100年の企画ユニホーム」といった印象です。

現在の東大のユニホーム(19年4月撮影)
現在の東大のユニホーム(19年4月撮影)

ユニホームから見える東大の柔軟性は、伝統の東京6大学野球にあって、ひときわ異彩を放っています。


※1 「TIU」は「Tokyo Imperial University」(東京帝国大学)の頭文字。戦後の学制改革に伴い、東京大学と改称したのに合わせて51年、「TOKYO UNIV」となった。しかし、東大の正式な英文呼称は「The University of Tokyo」。「TOKYO UNIV」は誤表記になるとの指摘を受けたとの説もあり、53年限りで変更された。

※2 天狗倶楽部(てんぐくらぶ)は明治末期に結成されたスポーツサークル。武道が中心だった当時のスポーツ界で、野球や陸上、テニスなど西洋の競技を楽しむ団体として発足した。天狗倶楽部の野球ユニホームを所蔵する千葉県船橋市の学芸員、玄蕃充子さんは「天狗倶楽部から飛田穂洲や橋戸信、河野安通志ら5人が野球殿堂入りしており、後の球界に多大な影響を与えました。早大出身者が中心でしたが、日本初の五輪代表、陸上の三島弥彦ら東大出身者もいたので『TIU』マークは『TNG』の影響を受けたと考えても不自然ではありません」と話す。

明治末期に結成されたスポーツサークル「天狗倶楽部」の野球ユニホーム(船橋市所蔵)
明治末期に結成されたスポーツサークル「天狗倶楽部」の野球ユニホーム(船橋市所蔵)

※3 ユニホームの基調となるライトブルーは東大のスクールカラー。略称「LB」は30、31年春と49、50年に胸マーク、71年まで、しばしば帽章に使われた。英国のケンブリッジ、オックスフォード両大学が、ボート競技の対抗戦で採用していたのに倣い、1920年(大9)、京都大学との対校レガッタの際に抽選で決めた。京大はダークブルー。

◆綱島理友(つなしま・りとも)1954年(昭29)横浜市生まれ。出版社勤務ののち、雑誌「ポパイ」や「ブルータス」「ターザン」の編集を担当する傍ら、野球に関するコラムを執筆。野球のユニホーム研究の第一人者としても知られる。主な著書に「日本プロ野球ユニフォーム大図鑑」など。