発車します。ご注意ください-。

全長18メートルのバスが、幕張本郷駅前から動きだした。しばらくは低速だ。「駅のロータリーから通りに出るまでが一番狭い。路上駐車の間を縫っていくイメージです」。京成バスの大場和徳運転士(46)が、花形路線で特に集中する難所だ。

最大で53度曲がる蛇腹をうまく使い、左折した。進行方向では同社のバスが停車し待機。あうんの呼吸ですれ違う。京成バスの顔でもある通称“連節バス”が千葉・幕張を走り、22年になる。行き先はZOZOマリン。多くの野球ファンをボールパークに送り迎えしてきた。

同社でも、乗客が多い新都心営業所の管内だけで走っている。運転士が158人いて、連節バスを運転できるのは110人ほど。社内試験に合格して、ようやく運転席に座れる。操作以上に、安全確認の複雑さが肝になるという。

試合日の直通バスはにぎやかだ。「ロッテファンは負けても元気なんですよね」。熱気は運転席にも伝わる。「敵味方関係なく、隣の人と反省会していますよ。応援歌? たまにあります。盛り上がっちゃうと。野球ファンで貸し切りのようなものです」。だから、特に注意はしない。

混み合った車内こそ、腕の見せどころ。「いかにお客様を揺らさないように。立っているペットボトルを倒さないように。それを気にできるかどうかで、乗り心地が変わってきますから」。ブレーキ1つにも、細心の注意を払う。「間違っても、自分がうまいとは思いません」。野球観戦の楽しい思い出を、プロの技術で人知れず支える。

いつもは出発すると、住宅街で家族連れが乗ってくる。オフィス街では仕事帰りの同僚同士が笑顔で加わる。6月下旬の午後、バスには4、5人しか乗客がいない。「拍子抜けというか。仕方ない世の中にしても、やっぱり寂しいものはありましたよね」。コロナ禍でも“お客様ファースト”で減便はしなかった。連節バスでさえも乗客0人の時があった。一応、安全確認の声掛けは行った。「なんか違うよな…」とため息をつきながら。

有観客試合が始まり、バスも少しずつにぎわっていくだろう。連節バスの国内パイオニアとして、誇りもある。「月並みですが、確実な輸送を。事故も何もなく、目的地へ。それが第一の使命です。プラスワンで心地よさができれば」。バスは定刻通り、出発から18分で目的地に着いた。

お待たせいたしました。ZOZOマリンスタジアム前です-。【金子真仁】