全国高校野球選手権大会が100回大会を迎える来年夏までの長期連載「野球の国から 高校野球編」。元球児の高校時代に迫る「追憶シリーズ」の第25弾は、吉田剛氏(51)です。取手二のキャプテンとして、1984年(昭59)夏の決勝戦でKKコンビを擁するPL学園を破り、日本一に輝きました。従来の高校球児のイメージを覆す自由奔放な暴れん坊軍団は、一体どんな高校生活を送っていたのか。全12回でお送りします。

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吉田は初球を見送った。PL学園のエース桑田真澄が、この試合で最初に投じた球…インハイの直球はボール球だった。この1球で、吉田は「今日の桑田は打てる」と確信した。三ゴロに倒れたが、ベンチに戻ると自分の感覚を口にした。半信半疑の仲間たちに「打席に入れば分かるさ」と言った。

84年8月21日。甲子園の決勝戦は、台風10号の影響で33分遅れて始まった。先攻は取手二。キャプテンの吉田は1番打者だった。

この日の桑田は、吉田への投球から始まり計169球を投げた。その160球目に、思いもよらないドラマが生まれる。もちろん、試合が始まった時に想像していた者は誰もいない。打席の吉田も、マウンドの桑田も、そして一塁を守っていた清原和博も。

吉田 もうマンガの世界…いや、マンガでも描けないような試合だったね。

確かに試合展開もドラマチックだった。だが、吉田の高校生活そのものもドラマに満ちていた。いや、マンガのような世界といった方がいいかもしれない。


吉田は取手東中学の野球部で、1番三塁を任されていた。だが、野球に熱中した記憶はない。練習といえば、仲間とホームラン競争をして満足していた。

吉田 中学ではバンドをやっていた。オレはドラムで文化祭も出た。ディープ・パープルなどロック系や、はやっていた田原俊彦の曲もね。結構がんばって練習していたよ。

この頃からたばこを吸い、無免許でバイクに乗っていた。高校野球や甲子園など頭にない。自営業の父俊夫から「10年先を考えてやれ」と言われ、中学を卒業した後は、すし職人になると決意した。近所の人が勤めていた東京・神田の店を修業先に決めていた。

吉田 ところが、おふくろに泣いて頼まれた。「世間体もあるから高校ぐらいは行ってくれ」と。じゃあ、行こうかなとなった。取手二を選んだ理由は、家から一番近かったから。自転車で20分ぐらいで通えた。

あまり勉強はしていなかったが、数学は常にほぼ満点だった。公式を覚えておけば対応できる頭の回転の良さがあった。得意の数学を生かし無事に合格した。

高校で野球部に入る決意をした時の記憶はない。

吉田 何で入ったんだろう。まあ、何となく「やろう」と思ったんだろうね。

入学当初の印象を同級生の下田和彦が語る。彼は卒業後に日産自動車でプレーし、今は取手ファイトクラブというヤングリーグの中学生チームを率いている。

下田 最初は目立たなかったな。細くて小さかったから。でもね、戦いがあるわけですよ、部室で。そこで吉田は断トツだった。

新入部員が約40人と多かったため、従来の部室の横に小屋が建てられた。ここが1年生の部室になった。

新しい部室での戦い。やはり同級生で、現在は土浦日大の監督を務める小菅勲が説明する。

小菅 格好よく言えば居場所作り… まあ、猿山でボスを決めるようなもんですよ。ケンカが始まる。吉田は強かった。あいつにやられて、部をやめたヤツも結構いたと思うよ。

吉田の記憶に残る決闘がある。相手は、同じ「吉田」という名字だった。

吉田 「激!! 極虎一家」ってマンガ知ってる? ケンカの極意が書いてあるんだよ。「急所を狙え!」とかね。これで勉強して、その通りにやった。スパイクでタマを蹴って、袋が破れたんじゃなかったかな。翌日そいつのオヤジが学校に来た。文句かと思ったら、オレの顔を見て「お前なら息子が負けても仕方がない」って言われた。

野球の技術は未熟で、素行に問題があった。だが、短所より、度胸と身体能力という長所に目をつけた男がいた。監督の木内幸男だった。(敬称略=つづく)【飯島智則】

◆吉田剛(よしだ・たかし)1966年(昭41)11月28日、茨城県取手市生まれ。取手二では83年春、84年春夏に甲子園出場。主将を務めた84年は春ベスト8、夏は決勝で桑田、清原を擁するPL学園を破り優勝。同年は国体も制した。強肩強打の遊撃手として同年ドラフト2位で近鉄入団。1年目から23試合に出場。89年には内野の守備固めなどでリーグ優勝に貢献した。00年5月にトレードで阪神移籍。同年7月19日巨人戦では桑田からサヨナラ安打。01年現役引退。プロ通算成績は1012試合、1966打数478安打(打率2割4分3厘)、18本塁打、166打点、125盗塁。現役時代は176センチ、73キロ、右投げ右打ち。現在は大阪府内で飲食店経営。

(2017年11月30日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)