秋の関東大会を制した取手二は、「東の横綱」などと評されるようになった。対する「西」とは、のちに夏の甲子園決勝で戦うPL学園を指す。

マスコミと同時に、プロ球団のスカウトもグラウンドに足を運ぶようになった。エース石田文樹への関心が高かったが、監督の木内幸男は吉田にも声をかけた。「お前のことはプロのスカウトが見ているよ。プロに行けるよ」。同級生の小菅勲が振り返る。

小菅 本当もウソもあったと思います。木内さんなりの吉田へのアプローチでしょう。放っておくとバイクと女に取られちゃうから、野球に引き留めておくためにね。でも、吉田もすごい。スカウトが来ると、1人だけ黒い帽子をかぶってきたんですよ。

練習では全員が白い帽子を着用するが、吉田は試合用の黒い帽子を持ってきた。1人だけ目立つためだった。体にはサラシを巻き、ズボンのポケットにはタオルをつめこんだ。チームメートに「どうだ? 体が大きく見えるだろう」と口にしていた。

小菅 私はキャッチボール相手でしたが、いつもと違う。球場の外まで飛んでいくような球を投げて、強肩を見せつけていた。ダッシュをしても、普段はダラダラしてんのにダーッとね。やっぱりプロ根性があったんだと思いますよ。

センバツは1回戦で松山商、2回戦で徳島商を破った。続く準々決勝では、岩倉に3-4で惜敗した。1回表に2点を奪われるも、3回裏に中島彰一、石田の連続適時打で逆転した。逃げ切れるかと思ったが、8回表に石田がつかまり逆転された。

9回裏には2死二、三塁の好機をつくった。だが、代打が三振に終わった。次打者が吉田だった。

吉田 最後、相手投手の山口(重幸)はコントロールに苦しんでいた。ボールが続いたから、打者に「絶対に振るなよ。四球になるから」と言っていたけど、手を出しちゃったんだよ。

岩倉は、決勝でPL学園を1-0で下して優勝した。山口は1回2死から浴びた1安打のみで完封。PL学園のエース桑田真澄は、14三振を奪いながら8回裏に1点を失い、夏春連覇を逃した。

取手二はベスト8に入った。1年の夏、木内が「お前たちの時代には甲子園でベスト4に入る」と宣言した。その目標に、あと1歩。しかし、近いようで遠い1歩だった。

春の茨城大会は決勝で竜ケ崎一に0-2で敗れ、準優勝に終わった。関東大会は初戦の2回戦で、法政二に4-5で敗れた。

その日の夜だった。宿舎のミーティングで木内が話をしている時、最後部に座っていた吉田と、チームメートの下田和彦は雑誌を眺めていた。

下田 そうしたら茶わんが飛んできたんです。「お前らガンだから、もうやめちまえ!」って。びっくりしたね。吉田が初めて怒られたんじゃないかな。

普通のチームなら叱られて当然である。だが、木内は吉田を放任してきた。ケンカも、遅刻も、停学も黙認してきた。それなのに、この時ばかりは烈火のごとく怒った。

あと1歩を踏み出すため、木内マジックのショーが幕を開けた。(敬称略=つづく)【飯島智則】

(2017年12月3日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)