久々の鳴尾浜球場。運良くドラ1馬場皐輔投手(22=仙台大、右投げ右打ち)のプロ初投げに遭遇した。1月18日の新人合同自主トレで同球場ブルペンのマウンドに立ち、捕手は立ったままだったが、35球。矢野2軍監督ほか評論家等が鋭い視線を向ける中、プロ野球選手として第一歩を踏み出した。周りを気にする様子はない。自分のペースで黙々と投げていたが、新人だ。期待と不安が入り交じって当然。半世紀前、私も一応体験した。まだ、マスコミはここまで過熱していなかったが、先輩を相手に本格始動したときの心境は複雑だった。

 新人で何事にも動ずることなく、初ブルペンを通過したあたりはプロ向き。この世界に飛び込んだ以上、弱気は禁物。弱音を吐くようになったら負けだ。逆に虚勢を張って自分を強く見せる方が大事。投げ終わった直後の「別に緊張はしませんでした」はそういう意味で頼もしく感じるし、これを意識して演じているのであれば、なおさら期待が持てる。途中2日間体調不良で別メニュー調整。多少の出遅れはあったはずだが、そんな素振りはいっさい見せることなく、逆に強さをアピールした。即戦力の期待がかかるのもうなずける。そのための条件といえば強い体だ。1月8日から新人の合同自主トレを指導してきた伊藤トレーニングコーチの「まだ、バランスはいまひとつですが、馬力はありますね」はローテーション入りの素材を見た。

 ブルペン入りの前日、1月17日の練習前には、23年前のこの日に発生した阪神・淡路大震災で被災した人たちの冥福を祈って黙とう。自らも2011年に襲った東日本大震災の被害者「僕は阪神・淡路大震災の時はまだ生まれていませんでしたが、被災された方の気持ちは、僕も経験していますので分かります。突然起こることですし、僕もあのときは家にいましたが、数日間は中学校に避難しました。家が流された人もいましたし町全体がぐちゃぐちゃでした。本当、野球する以前の問題でした」幸いにも、本人は無事だったが、故郷の塩釜市は太平洋に面している。しばらくは水が引かなかったという。

 野球ができることの幸せを実感してきた。感謝の気持ちを持って野球と向き合ってきた。「プロ野球は皆さんに元気や勇気を与えられるスポーツだと思っています。そういうところから僕も元気や勇気が発信できるように頑張りたいです」馬場本人も楽天の日本一に勇気をもらった。今度は自分が発信する番だ。しっかりした考えの持ち主。「これからは段階を踏んで練習をやっていくことになると思いますので、今日はまずはマウンドの傾斜の角度や、フォームなど自分の中で確認するポイントがいくつかありましたので、その辺をチェックしました。変に背伸びせず僕は僕ですからしっかり自分を見つめてやっていきたいですね」は正直な気持ちだろう。インタビューの受け答えも落ち着いている。

 この日のブルペンの雰囲気はというと、矢野2軍監督が捕手の後ろで目を光らせている。その横には評論家諸氏が数人。報道陣も大挙して注目していた。物々しいムードとなったが、馬場のペースは乱れることはなかった。納得顔の同監督は「球に力があるねえ。落ち着いている。周りを気にする様子もない。自分のペースを保って投げていましたね。スケールの大きい投手に育ってほしい。その素材と見ていいでしょう」の印象。立ったままだったが捕手を務めた2年目の長坂は「軽く投げていましたが、球には力があるように感じました。球の回転はいいし、球は重いです」と感じたようだ。馬場を追いかけてきた佐野統括スカウト部長「球に力がある。制球力もある」のを確認したがこそのドラフト1位である。

 35球--。フォームを見て気づいたのは、テークバックが小さいことだ。バッターからすると球の出どころが分かりにくいタイプだという。大きな利点に加え、球速のマックスは155キロと速い。分かりにくい(球の出どころ)速い(球速)重い(球質)は期待大。ピッチャーの柱になる要素は十分だ。まだ現状は50~60%。ベールを脱ぐのはこれからだが「課題は自分の目の前に必ずあると思いますので、やるべきことをしっかりやって投球を自分のものにしていきたい。プロの世界は球の回転、キレ、伸びが大事になってくると思います。バッターからしたら“投げた球がいつの間にか手元にきていた”というような、そんな球質を求めてやっていきたい」ピッチャーの理想だ。目指すレベルも高いのは頼もしい。

 今や、毎日が野球漬け。大学時代とは大きな違いがあると思えば「4年生になってからはもう授業はありませんでしたので、もう朝から今と同じように野球漬けでした。だから、やっていることは大学4年の時とあまり変わらないと思いますが、ただ、気遣いという点では……」最上級生から今は新人。気遣いは当然。1年目から何事も気にせずマイペースで生活できるはずがない。OBとしてひと言。プロ野球界は弱肉強食の世界だ。大いに虚勢を張れ。特にグラウンドでの弱気は禁物。虚勢は見抜かれないようにするところに効き目がある。

 ただ怖いのはスピード、状況判断等々「何故」と言おうか、じれったい、苛立つ、焦る、といった不思議な悩みが必ず襲ってくることだ。要注意ですよ。【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)