いつも通う銭湯兼サウナの「T湯」が笑顔に包まれていた。ここは大阪北部の虎党の「聖地(と僕は思っている)」。とにかく阪神ファンが多い。サウナに設置されたテレビを見ながら、裸の論戦が毎度、繰り返されている。4月24日のヤクルト戦。久しぶりの快勝に、みんな、汗の出もいい。

「3連戦で勝ち越し、それも理想的な勝ち方。ここからやで!」とか「打つべきバッターが打てば、簡単に勝てるってことや」とか、ここまでの成績をしばし忘れて、威勢のいいこと…。

そんな中、「監督」と呼ばれる熱烈ファンの常連さん。僕の素性を知っており、こう囁いてきた。「これから巻き返すしかないけど、気がかりなことがあるんですわ。オレはこの先、カギを握るのは近本と思うんですが、ここにきて、打率が下がりっ放し。これが心配で心配で…」という。

実は同じことを考えていた。1番近本、彼が打線のキーマンになる。それなのに打率は2割3分台に急降下。一体、何があったのだろうか。

僕はベンチの迷いの象徴が近本の打順だと思っている。現有の戦力で最も1番にふさわしいのが近本ということは、誰もが認めるところだ。いつも春先は調子が上がらない彼が、今年はいいスタートを切った。それなのに勝てないから、ベンチは打線を動かしにかかる。不動の1番と思っていた近本を、まさか動かして2番にしたり、3番にしたり…。特に3番の数試合、間違いなく近本のバッティングは変化していた。

塁に出るという意識から、走者を返すという気持ちが強くなり、強振が目立つようになった。特にインコースの対応だが、ボール球を強引に振りにいき、空振りするという姿を多く見るようになった。

打順によってバッティングが変わる。当然のことだ。何でもいいから塁に出ることを求められる1番。3番はまさにクリーンアップであり、塁をきれいにすることを求められるわけだ。考え方が変われば、スイングも変わる。打順の変更は、近本を惑わせ、打率急降下はベンチが無駄に動いた犠牲とさえ、僕は考えている。

ようやく1番に戻ってきた。これでやっと落ち着く。この落ち着きこそ、今シーズンのタイガースになかったことだ。かつて1番打者がピタリとハマったシーズンは多くあった。1985年の真弓に2003年の今岡。ヨーイドンでいきなり大きいのもある。実に似た1番バッターは打点やホームランが多く、それまでの1番打者のイメージを変えた。

近本は違うタイプで、2005年優勝時の赤星が浮かぶ。ホームランはないけど、塁に出ることからゲームが始まる。出れば盗塁。できなくても相手に圧力をかける。これでチームは主導権を握る。正直、近本は赤星よりヒットを打つ技術は上だと思う。長打力もあるし、足も使える。赤星と同等、いやそれ以上の1番打者。それなのに2番や3番って、監督の矢野の考えが、僕には伝わってこなかった。

先にも書いたが、どうやら打線の基本形がやっとのことでできあがったようだ。1番が決まれば、あとは流れのままに…。よもや近本をまた動かすということはないはず。だからこそ、今後は近本の出塁が、逆襲へのポイントになる。【内匠宏幸】(敬称略)

(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「かわいさ余って」)