フェニックスリーグ取材を通して、田村藤夫氏(61)が11日に終わったばかりのドラフト会議の背景を分析する。高校生野手の1位指名で話題をさらったロッテ1位・松川虎生捕手(17=市和歌山)、楽天1位・吉野創士外野手(17=昌平)の指名理由を含め、各球団が思い巡らした事情をフェニックスリポートの特別編としてお届けする。

ドラフト会議から一夜明けロッテ井口監督(右)が市和歌山に指名あいさつに訪れ1位指名の松川とグータッチを交わす(撮影・清水貴仁)
ドラフト会議から一夜明けロッテ井口監督(右)が市和歌山に指名あいさつに訪れ1位指名の松川とグータッチを交わす(撮影・清水貴仁)

捕手を中心に選手のプレーの解説・評価は経験があるが、ドラフト会議を評価することには正直、抵抗があった。しかし、ひいき球団の指名状況に一喜一憂するプロ野球ファンの参考になればと思い、割り切ってドラフト翌日の日刊スポーツ紙面で◎○△で評価させてもらったが、非常に難しかった。

◎は西武、DeNA、オリックス、ソフトバンクの4球団。○はロッテ、楽天、中日、阪神、ヤクルト、日本ハム、巨人の7球団。そして△は広島とした。今回、広島だけは△にしたのは本当に悩んだが、抽選を連続で外してしまったくじ運の無さからやむを得ず△にした。

私も球団に在籍してきたので、ドラフトに向けた球団の準備、熱意はわかる。指名した選手の現時点での評価と、入団後のキャンプ、オープン戦、公式戦でわかる実力とでは隔たりがあることも理解している。その内情を知るだけに、指名状況だけで評価することに苦労した。

今回のドラフトでもっとも驚いたのはロッテの1位松川と、楽天の1位吉野だったのではないか。私もまったく予期していなかった。

フェニックスリーグで顔を合わせた球団関係者から、いくつか興味深い話を聞くことができた。フェニックスリーグは2軍の秋の教育リーグだが、ドラフトとも密接に関係している。2軍で戦力外のギリギリに位置する選手にとっては、ドラフトでの指名状況は、そのまま自分のチーム内での序列に関わってくる。各球団の編成担当は他球団のドラフト状況を踏まえて、2軍選手の動向を見守っている。今回もリーグ開催中に戦力外通告を受けた選手が出ている。戦力外通告された選手が自チームの補強ポイントと合致するか、ドラフト指名状況をにらみながら、人材発掘に注視している。

前置きが長くなったが、フェニックスリーグに集まった編成担当は、それぞれドラフト指名状況の裏側などを理解しつつ2軍選手を見ているため、より深い話を聞くことができる。その中で在京球団の編成担当から「ロッテの1位松川と、楽天の1位吉野の指名によって、いろんな球団の戦略がかなり混乱したと聞いている」という話を聞いた。松川、吉野ともに上位指名は予想されていた。しかし、1位指名という可能性はほとんど聞かれず、2位もしくは3位が大方の見方だった。

それを1位単独指名となり、2位以下で2人の指名を計画していた球団のもくろみが崩れたという指摘だった。私もロッテの補強ポイントが捕手というのはある程度予想していたが、1位で高校生の松川を指名するとは思わなかった。仮に捕手を1位指名するにしても「大学生捕手か」と感じていた。ロッテ関係者から得た情報で、少し事情が見えてきた。「松川の小園(DeNA1位指名)に対する声をかけるタイミング、コミュニケーション力を非常に高く評価している」ということだった。それが「選抜大会の県岐阜商戦で顕著に表れていた」というものだ。

確かに私もその試合はテレビで見ていたが、調子がいまひとつの小園を、時にはマウンドで、時にはベンチでさりげなく言葉をかけ、松川が小園を一生懸命に乗せていく印象を受けた。決して大学生捕手にそうした面での物足りなさがあるということではなく、松川がまだ18歳にして、配球だけでなく、メンタル面でもしっかり投手をリードしている。その資質を評価しているということだった。他球団のスカウトからも「自分のことで精いっぱいの捕手もいる中、確かに松川には視野の広さがある。投手から信頼されることも大切」と、高い評価をしているという話を聞いた。2人は中学時代からバッテリーを組んでおり、強い関係性があるにせよ、松川のコミュニケーション力に焦点が合ったことは間違いないようだ。

これからの捕手にはそうした力量も、重要な評価項目になるのだとあらためて感じた。私はこれまで、捕手の評価基準としては「強肩」「キャッチング」「ブロッキング」「リード」「打撃」といくつかの項目を持っていた。声をかけながら調子がいまひとつの投手を引っ張っていくのも大切とは感じていたが、その要素がより重要視される時代に入ったということか。

楽天ドラフト1位で指名され、笑顔でスイングする昌平・吉野(撮影・狩俣裕三)
楽天ドラフト1位で指名され、笑顔でスイングする昌平・吉野(撮影・狩俣裕三)

楽天吉野については、こういう指摘があった。「そもそも今年は野手が少なかった。その中で右の長距離打者としての素質を持つ野手は貴重だった」。指名後の楽天石井GM兼監督は「打撃、守備、走塁すべてで先頭に立てる選手」と非常に高い評価をしていた。投手ならば左腕、野手ならば右の長距離打者。やはりこのタイプはどこの球団にとっても欲しい人材で、若い右の大砲候補で、さらに足もあり守備力も備えた吉野は、楽天として1位で単独指名したというのは納得できる。確かに高校生で右の長距離打者になり得るタイプでは日本ハム2位指名の有薗(千葉学芸)、やはり楽天3位指名の前田(三島南)がいる。そうして見ると、楽天の補強ポイントとドラフト指名状況は合致しており、吉野を単独1位指名した背景も見えてくる。

ドラフトの正否をメディアは判定したがるが、これは何年も経過しないと、その年のドラフトがチームにもたらした成果は判断できないため、ドラフト直後の評価は正確性に欠ける。

ドラフト1位が数年経過しても1度も1軍に出場できず選手生活を終えれば、それは1位指名は失敗だったということだ。出場できなかった理由が首脳陣の起用法、故障、本人の能力かで、そこも意見は分かれるところだ。

1位指名は1軍でチームに貢献して初めて評価され、そうでなければ失敗だったと言われてしまう。だから、球団という組織としては、1位指名した選手が1軍で優勝に貢献する活躍をすれば、それは◎どころか、三重丸、花丸の評価ということになる。

球団にはそれぞれの戦略があり、短期的ビジョン、中長期的ビジョンによって自チームの将来を見通してドラフト戦略を練る。育成が思うように進まないことも珍しくはない。

ドラフト会議はひとつの特殊な就職活動の形態として多くの注目を集めるが、全所属選手が競争社会で生きていく大原則の中、結果だけを求めた生活が始まる。座る椅子は限られている。全員が成功することはない。生き抜いていくのはとても大変な社会だ。(日刊スポーツ評論家)