1万6000人の観衆に見守られながら、初出場の日本航空石川は9回に劇的な逆転サヨナラ3ランで明徳義塾(高知)を下し、8強入りを決めた。

 その中でもひときわ目立つのが4番上田優弥(3年)だ。広い聖地を彩る緑色の天然芝にも、その大きさは存在感を刻む。186センチ、97キロ。ラグビーをやればFW第1列のプロップや、大男が並ぶ第2列のロックも務められそうだ。そんな巨体にはルーツがある。「日本航空石川史上初の8強」といえば、今年の元日、一足お先に13大会連続で花園に出場したラグビー部が達成した。その冬、黙々と体をいじめ抜いていたのが上田だった。

 2年だった昨夏も甲子園に出場した。3番に座った2回戦の花咲徳栄(埼玉)戦は、後に中日からドラフト4位指名を受ける清水達也投手らを相手に、4打数無安打。チームも3-9と完敗した。「去年の夏は全然そういう(力のある)投手から打てなかった。今年は冬に練習してきた成果を出したいと思っています」。スクワットは160キロ。入学時に65キロ程度だったベンチプレスは、100キロにアップした。だが、隣からは自分をいじる声が聞こえてくる。

 「ユウヤ! ユウヤ! ギャハハハ」

 丸太のような腕、はち切れそうな太もも。その声の主がラグビー部に所属し、トンガからの留学生であるアサエリ・ラウシ(3年)だ。187センチ、111キロのロックは、上級生にまじって17年度の高校日本代表アイルランド遠征に参加。先日、U-19(19歳以下)アイルランド代表から歴史的な勝利をつかみ、帰国するのが野球部が明徳義塾を破ったこの日だった。そんな友人のベンチプレスは150キロ。部の垣根を越えて、いじり、いじられる間柄の友から、自然と向上心を植え付けられていた。

 生活の拠点となる寮はラグビー部と一緒に使う。その面々からは甲子園への出発前に「頑張ってこいよ!」「勝ってこいよ!」と送り出された。そういった声に感謝する上田は「ラグビー部が活躍しているのが刺激になる。僕たちも頑張りたい」と言い切り、昨秋の明治神宮大会王者・明徳義塾に立ち向かった。

 この日は3打数ノーヒット。それでも併殺打となった4回1死一塁では、柔らかい動きでボールを捉え、サードへ強烈な打球を放った。

 1点ビハインドの9回無死一、二塁で逆転サヨナラ3ランを放った3番原田竜聖外野手(3年)は「後ろに上田がいるから、つないだら何とかなる」と相手エース市川悠太(3年)に立ち向かっていたという。ひと冬越し、高校通算26発の“能登のゴジラ”へのチームの信頼感が強くなっているのは確かだ。

 次戦は4月1日に予定されている、準々決勝の東海大相模(神奈川)戦となる。一方、ラグビー部も同じ「センバツ」を戦う。全国選抜大会の初戦は3月31日、埼玉・熊谷での高鍋(宮崎)戦だ。

 上田は甲子園の球場裏にある一室で、熊谷のラグビー部にエールを送った。

 「ラグビー部も結果を残してくれたら、すごくうれしい。僕たちももっと頑張ります」

 夏の甲子園、冬の花園。異なる2つの競技が共闘できるのは今しかない。その幸せな時間を長くすればするほど、目標の頂点が見えてくる。【松本航】