「オレのところへ飛んでこい!」。阪神2点リードの9回表。完封へ向け、投げる才木浩人のバックでそう思っていた男がいた。木浪聖也である。

前日3日。3点リードの9回、先頭打者の遊ゴロを木浪がファンブルし、そこから湯浅京己が同点にされた。「もう1時間、はよ終わってるで」。指揮官・岡田彰布はボヤいた。サヨナラ勝ちで事なきを得たが、試合がもつれるきっかけを作ったのは事実だろう。

「悔しかったし、自分のせいだなと思った。野球は二遊間がエラーしたら失点しやすいんですよ。だからすごく反省したし、でも、だから今日も9回は『オレのところへ飛んでこい』と思っていました」

そんな木浪が「落ち着いている」と感じたのは7回だ。先発の才木は、そこまでロッテ佐々木朗希と投げ合って6回無失点。味方から1点をもらい、勝ち投手の権利を得てマウンドに上がった。ここで才木は岡大海にこの試合初めての四球を出す。

無死一塁。イヤな予感は漂う。ここで木浪がスルスルとマウンドへ向かった。才木に何か言葉をかけ、守備位置に戻る。すると才木は中村奨吾を遊ゴロ併殺に打ち取り、危機脱出。安打以上に良くないとされる四球をきっかけに崩れることなく、最後まで投げきったのである。木浪は何を言ったのか。

「普通ですよ。無死からの四球だったし、ここは大事になる場面と思ったので“間”を空けようと思って。ここは1アウトずついこう、あまり走者を気にしないで、みたいな」

この一瞬の間が効いたのか、才木はその後の9アウトをしっかり取った。内野手には守る、打つと同時に大事な仕事がある。状況を見て、投手を落ち着かせることだ。何げなくマウンドに行けるのは内野手だけ。それができるかどうかは結構、重要だ。そこにはある“要素”がいるからだ。年齢である。今月15日で29歳になる木浪は今のナインの中では年長の方だろう。だからこそ状況を見渡せ、アドバイスできるし、周囲も耳を傾ける。

前日、木浪に「だいぶ落ちてきてる」と評した岡田。小幡竜平がサヨナラ打を放った翌日だけに代えるかと思ったが、木浪のままだった。「(球宴)ファン投票の1位、外されへん。そんなん怒られるやん-」。ジョーク交じりではあったが、岡田も木浪の“仕事ぶり”は見ているはずだ。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)