活動を休止しているPL学園(大阪)硬式野球部のOB会総会が12日、大阪市内のホテルで行われ、新OB会長就任が決まった元巨人の桑田真澄氏(50)が出席した。会合ではOBチームによる「マスターズ甲子園」で桑田新会長をメンバー登録することを決めた。監督としてではなく、もちろん「エース」。甲子園に伝説の右腕がよみがえる楽しみが出てきた。

「PL学園のピッチャーは桑田」-。このアナウンスが今秋、34年ぶりに甲子園に響くかもしれない。PL学園は昨年、初めてマスターズ甲子園の加盟校登録を行い、今年の第16回大会への参加を決めていた。

その後、メンバー集めは順調に進み、この日も数人の約束を取り付けたという。そのうちの1人が桑田氏。新OB会長になり、がぜん注目度が高くなっている伝説右腕だが、二つ返事でメンバー入りを承諾した。前会長の鶴岡秀樹氏は「監督は未定ですが、桑田さんは登録します。エースとして」と明かした。

マスターズ甲子園は各校のOBチームが都道府県予選を戦って16校の代表校を決め(選抜チームでも可)11月に甲子園に集まる。甲子園は試合の前後半で34歳以下と35歳以上に分けた真剣勝負。高校時代、戦後最多となる甲子園20勝の金字塔を打ち立てた桑田氏が、PLのユニホームを着てマウンドに上がれば大きな話題になる。

歴代2位の甲子園58勝を挙げた中村元監督が総監督として登録されることが決定。注目の監督について、鶴岡氏は「清水哲さんを監督にしようという声もありました」。同氏は桑田氏の1学年上で、主力として2度の甲子園準優勝に貢献。大学野球のプレー中の事故で車いす生活を余儀なくされた。PL黄金時代を彩った選手の1人だ。

休部からはや2年半が過ぎたかつての名門校。復活への「切り札」ともいえる桑田会長の誕生とともに、少しずつでも止まった時計を動かそうとしている。【柏原誠】

▼PL学園と甲子園 56年に野球部が創部され、62年のセンバツで甲子園初出場。同年に夏の甲子園にも出場した。70年、76年と夏の甲子園で決勝に進出したが、いずれも敗れた。初優勝は78年夏。高知商に2点リードされた9回裏に3点を奪い逆転サヨナラ勝ちという劇的な優勝だった。準決勝の中京戦でも9回裏に4点を取って同点に追い付き、延長12回にサヨナラ勝ちしており「逆転のPL」の異名がついた。81、82年にセンバツ連覇、83年夏は桑田・清原の1年生コンビの活躍で優勝。87年には春夏連覇するなどセンバツは20度、夏は17度出場して、春3度、夏4度の優勝。学校別通算勝利数でも中京大中京、龍谷大平安に次ぐ歴代3位の96勝を誇る。