千葉明徳が4番・長嶋悠人外野手(3年)の活躍で柏南に勝利し4回戦進出を決めた。1-1で迎えた7回1死三塁から、長嶋が外の真っすぐをたたき、二塁への内野安打で勝ち越しに成功。

長嶋は盗塁も決め1死二塁とし、続く川満克徳外野手(3年)が中前適時打で3点目を挙げ試合を決めた。

「楽しいです!」。チームメートと過ごす最後の夏に、長嶋の笑顔が弾けた。

某強豪校に一度は入学したが、すぐに膝と腰、肘を痛め、リハビリと練習の手伝いの毎日を送った。中学時代、千葉市リトルシニアに在籍し、4番を務め活躍。期待されて入学したにも関わらず、ほとんど練習に参加することができず11月に退部。翌年1月に千葉明徳に転入した。

「自分はよそ者。周りはいい印象はないはず」そう思った長嶋は「まずは周りに認めてもらうために」自ら練習には参加せず、環境整備や手伝いに徹した。周りの目が突き刺さる。それでも「自分から野球を取ったら何も残らない。今、踏ん張れば何かが見えるはず」。そう信じて、毎日を過ごした。1週間ほどして、1人の選手が声をかけてきた。「ねぇ、バッティング、どう打てばいいかな?」長嶋の中学時代の活躍は誰もが知っていた。実は、そのプレーに、皆、興味津々。1人が聞き始めると、次々とその輪が広がった。そして、この時、岡野賢太郎監督(31)が言った言葉を長嶋は今でも覚えている。

「お前の実力はもうみんな知っているから。堂々としていい。これからはお前がチームの軸だ。お前が下を向いていたら、チームもそうなるぞ」。

お互いに探り合っていた時間と距離を、野球が縮めてくれた。「本当にうれしかった。やっと仲間に入れてくれた。ありがたくて…。いつか、みんなに恩返しがしたい。そう思うようになりました」。

日本高野連の規定で1年間は公式戦に出場できない。しかし、長嶋は下を向くことなく前向きに練習に取り組んだ。

「筋力アップやスイングスピードの強化に時間をあてて、この期間を無駄にしないようにしようと思いました」。

今年春の大会から、公式戦に参加。1年の地道な練習で飛距離は伸び、逆方向にも本塁打を打てるようになった。明るい性格で、今ではチームの中心だ。

「ホームランを打ちたいけど狙わずに。チームのために低い打球を打ちたい。そして…千葉明徳の長嶋と呼ばれたいです」。

自分を受け入れてくれた仲間たちと過ごす、最後の夏。その1プレー1プレーが、長嶋にとっては、貴重な楽しい時間。1日でも長く、この仲間たちと野球をやりたい。長嶋の夏は熱く続く。【保坂淑子】