天理(奈良)が善戦むなしく散った。エースの達孝太投手(3年)が左脇腹を負傷して登板できない非常事態で踏ん張ったのは、左腕の仲川一平投手(3年)だ。速球は130キロ台。1回こそ3安打を集中されて1点を失ったが、持ち直した。

2回は変化球を低めに集める。深谷を得意のチェンジアップで空を切らせ、石田には低め速球で空振り三振を奪う。仲川は「(2回以降)変化球を低めに集めて、真っすぐを見せ球にして打たせて取るのを心掛けました。達がこれまで1人で投げてきて苦しかったと思う。自分が投げて抑えるつもりでした」と振り返った。

中村良二監督(52)は、仲川の抜てき理由を明かす。「東海大相模さんが苦戦している投手は左が多い。右より左の方がいい。低めに制球できる仲川は、小、中学校で全国優勝している。場慣れというか、堂々と投げられる」。8回1失点の申し分ない内容。達のリリーフ起用について「まったく100%なかったです」と説明し「仲川が予想以上に長く投げてくれた」とねぎらった。

優勝した97年以来、24年ぶりのセンバツ決勝進出こそ逃したが、夏に向けて実りのある1敗だろう。今大会から「1週間500球以内」の球数制限を導入。大会後半のチームに偏って負荷がかかる過密日程は、エース1人に負担がかかる。勝利を追求しつつ、選手の将来も守る。高校野球の指揮官は、難しい判断を迫られながら甲子園で采配している。

投手のレベルが均衡していれば、継投策を採りやすい。だが、絶対的なエースを抱えるチームはどうか。中村監督は「この試合を勝たなければ、次はない。本人が投げられるなら投げさせてやりたい。でも今回の(負傷した達の)アクシデントでは投げさせない」と言い、達登板回避の決断理由を説明した。

今大会、達は3戦で459球を投げた。161球、134球、164球が内訳だ。指揮官は達と話し合いながら、投げられるか判断してきた。「はっきり分かる子。『行けるか』と聞いたらはっきり『行かせてください』と。(今回は)どうしようかなと、フリーズして、答えに間があく。やっぱり痛いんだろうなと。そこは僕らが感じてあげないといけない」と話した。

故障は有望な選手の未来を奪う。中村監督も「将来のある子たちなので、本当に高校野球で終わってほしくない。僕の夏の甲子園の時のエースが肘を故障しながら野球をして大学に進んだけど、その肘が致命的になって野球をできなくなった。故障に関しては人よりも敏感なつもりでいます」と話していた。だからこそこの日、身長177センチの細腕を振って、大舞台で奮闘する仲川の姿を頼もしく見ただろう。「僕の中で大満足」とも言った。厳しい夏に向けて「達頼み」から脱却できる兆しがあった。

敗れた天理ナインは、何人も涙を流していた。指揮官は「宿題」という言葉を使った。仲川も「イチからスタートという気持ち。達と争える投手になりたい」と言った。すがすがしい気概だった。大黒柱が投げずに負けたのに、胸のつかえが取れる。エース頼みの先発完投型か。複数投手の継投型か。高校野球の投手起用が転機を迎えているのは間違いない。ただ、この日、代役の仲川の躍動が光をもたらしたのは確かだろう。【酒井俊作】