阪神鳥谷敬内野手(36)が8日、DeNA18回戦(甲子園)でプロ野球史上50人目の通算2000安打を達成した。2回1死一塁、DeNA井納から右中間を破る二塁打を放った。14年目での到達は日本人ではプロ野球最速タイ。

 03年ドラフト自由枠で鳥谷の獲得に力を注いだ元阪神東日本統括スカウトの菊地敏幸氏(67)も、感慨深げだった。「気持ちも体も、鳥谷の強さは本物だった」と14年前を思い起こした。

 「日本一の遊撃手を取る」球団方針は、鳥谷4年春に本格化。大学日本代表の米国遠征にも同行し、阪神の熱意、甲子園でプレーする魅力を伝えた。争奪戦は「1年上の和田に続くのでは」とダイエーが本命視された。だが、本人にそのつもりはなかった。残るライバルは巨人。金銭面でも巨人に負けない評価を準備し、返事を待った。秋のリーグ戦前、早大野村監督に「今、聞いたら『阪神でやりたい』と言うんだ」と伝えられ、飛び上がった。

 鳥谷を追ううちに「野球への姿勢はプロ中のプロになる」と確信。「こびない。自分を失わない。それが鳥谷だった」とますますホレた。実は高校入学後の鳥谷は、1年夏が終わるまで野球部に入らなかったという。「ずっと練習を見ていて、入部を決めたら、脇目も振らずに打ち込んだ。決めるまで時間はかかっても、決めたらすべてをかける。その姿勢が2000安打につながったと思う」。元担当スカウトの目に、狂いはなかった。【堀まどか】