忘れてはいけない1敗がある。3月の第4回WBC準決勝の米国戦。侍ジャパンは1-2で敗れ、2大会続けて優勝を逃した。1点差は「惜しい」か「遠い」か。右中間席へ放り込み唯一の打点を挙げた広島菊池涼介内野手(27)の言葉から奪還のヒントを探った。

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 極限状態の菊池は無音の世界にいた。「あの打席は…。もうとにかく、やり返す、取り返す。それしかなかった」。シーズン中なら当然のように行う予測や読みは一切なかった。4回の守備で失策を犯し、その後の先制点につながった。冷静にプレーする男が、気持ちだけで打席に入った。

 カウントは1-2。追い込まれた。「何も聞こえていない、そういう世界だった」。米国代表N・ジョーンズがセットに入る。すると少し間が空いて、突然クイックモーションで投げてきた。普段は足を高く上げる菊池も「パッ、パッて。瞬間の反応だった。余計なことを考える時間もなかった」。外角低め158キロの動く直球に食らいつく。押し込みの利いた打球は右中間フェンスを越えた。

 この試合、日本の唯一の得点。小柄な菊池が逆方向に打った。「もう1回と言われても、絶対無理。瞬間だから」と笑う。「それまではいろいろ考えすぎていた。球が動くとか、飛ばないとか。でも結局ああいう舞台では、ダメなのかなって。極限状態の、無音の世界にいる、そういう人間が強いのかな。本当に気持ちと反応だけだったから」。本能を呼び起こし、一瞬に生きる。菊池の1発にヒントがあるかもしれない。【池本泰尚】