まさに異色の経歴でプロ野球を目指す男がいる。アメリカンフットボールの元早大QB吉村優(22)は、今春から社会人野球のクラブチームREVENGE99に入団。球速を、野球部だった早実時代から11キロ増の145キロまで伸ばしている。早実2年時に控え投手で夏の甲子園のメンバー入りし、早大3年時は全日本大学選手権決勝の甲子園ボウルでTDラン。異例の再転向に挑戦。今夏までに150キロを目標にドラフト会議での指名獲得を目指している。

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「前例のないことへの挑戦が面白い。破天荒と思われても、日本最高峰の舞台に立ちたい」。吉村のプロ野球を目指す決意に揺るぎはない。早実の1学年下に日本ハムの清宮がいた。プロでの対決の夢へ、「日本ハムに指名されたら対決できない」と真顔で即答する。このやりとりが、本気度を示している。

2年前の1球が再転向のきっかけ。早大3年で2年連続甲子園ボウルに出場。関学大に敗れたが、吉村は逆転のTDランを挙げた。そのオフに母校野球部の練習を手伝いに行った。ものは試しと1球投げると、スピードガンは141キロを記録した。

早実時代は制球力と度胸が売り物で、最速は134キロだった。大学で転向してから体重は14キロ増の83キロで、体全体がサイズアップ。走るQBに活路を見いだし、下半身も強化。パスは体全体を使ってのもので、そうした肉体改造のたまものだった。

昨年は副将としてチームを率い、11月の最終戦では初めてフル出場した。集大成となる46ヤードの自己最長TDランを決めた。この試合で引退した翌日に「もう1度野球をやってプロを目指そう」と決意した。

小2だった06年の夏に野球と出合った。ハンカチ王子、斎藤(現日本ハム)が甲子園を制した。同じ道を目指し小4で野球を始め、早実中へ。早実2年で甲子園に出場も、控え投手で出番なし。3年夏は西東京大会8強に終わった。

「新たなことで日本一を目指そう」と、早大でフットボールに転向した。強肩を生かしてQB志願も1年目は30ヤードしか投げられず、一時は退部も考えたが、心技体でさまざまな挑戦をして、全うした。野球に再転向を決めるとネットスローを始め、2カ月ほどで球速は145キロに到達。今は150キロを目指す。

2月からREVENGE99に入り、4月の公式戦初登板では8回0/3を5三振、2失点に抑えた。早大大学院に進み、授業の合間に個人練習して週末の試合に臨む。「三振が取りたい」と変化球を磨いている。8月の都市対抗予選で実業団を抑え、スカウトの目に留まることが次のステップになる。【河合香】

◆吉村優(よしむら・ゆう)1998年(平10)11月10日、東京・八王子生まれ。小4で野球を始める。早実中-早実高で野球部。早大では米式蹴球部に入りQBとして2年連続甲子園ボウル出場。178センチ、83キロ。右投げ右打ち。早大では基幹理工学部情報理工学科で、卒論は「相づちを打つチャットボットがブレーンストーミングに与える影響」。趣味は読書。両親と3人家族。