<ソフトバンク2-1西武>◇12日◇ベルーナドーム

ソフトバンク山川穂高内野手(32)が、FAで移籍後、初めてかつての本拠地ベルーナドームで試合をした。大声量のブーイングが飛ぶ異様な空気。西武ファンのまっただ中、ベルーナドーム左翼席に潜入した。

   ◇   ◇   ◇     

試合前のスタメン発表時から、左翼席は異様な雰囲気だった。ブーイングは予想されたものの、「4番山川」の発表の瞬間を何百人もがスマートフォンの動画で撮影していた。

手元の音量計アプリに表示されたのは99デシベル。電車通過時のガード下と同等の音だ。ブーイングは長く、5番近藤のアナウンスにまで引っかかった。

試合前に山川の応援歌が流れると、再びブーイングが発生する。記者室で「何へのブーイング?」と声が上がる。FA権行使が選手の権利であることは誰もが知る。昨冬、多くの獅子党が山川のFA移籍ではなく、その「不義理さ」に反感を発信した。チーム屈指の年俸をもらいながら、貢献どころか、自身の不祥事によって球団に決して小さくない損害を与えた。

FA宣言をしたのも、期限最終日の午後5時過ぎ。ファンの心情や球団関係者を最後まで振り回した。これまでにFA移籍した楽天浅村らはファン感謝デーなどで思いを口にしていた。山川はそれもなく、所沢で報道陣の前にも姿を現さず、福岡での入団会見に臨んだ。プロ野球にとって最大のステークホルダーであるファンに“無言”で去ったことに、反感を覚える声が多かった。

試合前、ベンチにいる中村の“顔芸”に笑いが起きたのもつかの間、先発今井への「頑張れ、頑張れ、今井!!」コールには気合がこもった。初回、山川の打席直前にはさらにブーイングが大きくなり、空振り三振の瞬間にはじけた。「優勝決定の時みたいだね」と言う人もいれば「(山川を)相手にもしたくない」と無言を貫く人もいた。

2連続三振となった第2打席、安打を放った第3打席もブーイングが続く。8回、山川の人的補償選手としてソフトバンクから加入した甲斐野がマウンドへ上がる。総立ちで106デシベルの声援を送る。

山川との対決前には、ブーイングより甲斐野への声援が上回った。追い込んでもブーイングはほとんどない。山川の技術のすごさは西武ファンが一番知っている。緊迫の左翼席。願いながら見つめる姿があちこちにあり、見逃し三振の瞬間にこの日最大の110・3デシベルが記録された。すぐ横で車にクラクションを鳴らされるのに匹敵する音だった。

西武ファンは、これまで謝罪も含めて山川の肉声を聞けず、それぞれに抱える思いを吐露する機会もなかった。この日はある意味、節目の1日ともいえる。

しかし、スタジアムは本来、プロの技術に歓声が飛び交うべき場所だ。試合後、右翼席のソフトバンクファンが左翼席の西武ファンに手を振り、振り返す場面が。ただ、その中に少なからず親指を下に向ける人たちも双方スタンドに見えた。これ以上、憎しみの応酬は必要なのか。

試合前からゲームセットまで左翼席に座り、強く印象に残ったことがある。西武ファンは各イニング前、マウンドへ向かう投手に「頑張れ~!」と声援が起きる。情報を総合すると、10数年前から一部で自然発生的に始まり、コロナ禍直前からスタンド全員で「頑張れ~」と叫ぶようになったという。

その流れを「12球団で西武だけですよね」と誇りに感じるファンも多い。節目の1日は黒星で終わり、翌13日は隅田知一郎投手(24)が先発マウンドに上がる。その隅田は言う。

「頑張れ隅田!!って、いつもちゃんとマウンドに届いていますよ」

この日、投手陣への左翼席からの“青炎”は最大で104デシベルだった。十分すごいけれど、もっともっと声を出せることがこの夜、証明された。今節、ソフトバンクとあと2試合。ファンの声が選手のメンタルを左右することもある。他の何よりも大きい「頑張れ隅田!!」で、連敗を止めたい。【金子真仁】

【動画】移籍後初顔合わせ西武の甲斐野央VSソフトバンクの山川穂高、結果は…