<ロッテ4-5ソフトバンク>◇23日◇QVCマリン

 東浜が救った!

 ソフトバンクはロッテに逆転勝ちし、同一カード3連敗を阻止した。5カ月ぶりに先発したドラフト1位ルーキーの東浜巨投手(23)が6回を3安打3失点。負ければ2位でのCS進出が厳しくなる重圧のかかる状況で、待望のプロ初勝利。2位ロッテとの差を再び1に縮めた。

 長かった。この瞬間を待っていた。初勝利の東浜にサプライズのごほうびがあった。珍しく秋山監督が肩を組んでの写真撮影。ファンの声援に少しだけ笑った。やっと、やっとだった。

 「開幕当初は1軍で結果を出せなくて、自分の中でもがいていた。ここで最後に、勝利に貢献できて良かった。最初に思ったのはチームに申し訳ないという気持ちと、やっと1勝できたという安心感ですね」

 4月にデビュー2戦連続6失点KO。いずれも初回に失点していた。亜大の先輩の松田らに「初回を全力で」と送り出され、ちぎれんばかりに腕を振った。

 1死から荻野貴に左翼へ本塁打性のファウルを打たれ、伊東監督がビデオ判定を要求。5分近く待たされた。2死後、今江には「ロジンをつけすぎ」と球審を通じてクレームを受けた。そんな“陽動作戦”にも「特に惑わされることなくいけた」と落ち着いていた。5カ月前とは違った。

 2回にブラゼルに逆転2ラン、6回は井口に同点ソロを被弾。それでも打線の援護を受け、6回3失点と試合を作った。

 2軍で過ごす間に、楽天則本や阪神藤浪らルーキーが白星を重ねた。「正直、見られなかった。でも見ないと勉強にならないから」。逃げたくなる気持ちをこらえ、未勝利という現実に正面から向き合った。

 「特別な思いは出さず、やってきたことを出そうと思った」。2軍降格後、1カ月のミニキャンプを張った。加藤2軍投手コーチが「今年は戦力外」と話したほど、基礎から鍛えた。筋力トレーニングに走り込み。下半身を強化し、ジーンズのサイズは、一回り大きくなった。ブルペンで変化球を封印し、プロで通用する直球を求め、たくましくなって帰ってきた。「原点に戻ろう」と、亜大時代のワインドアップに戻した。

 プロ入り直後、140キロ以下が多かった直球の最速は144キロを計測。制球も含めまだ理想には遠いが「直球を(相手打者が)とらえきれていなかったように見えたし、そのへんは成長」と収穫もつかんだ。先発陣の駒不足で回ってきたチャンスを生かした。

 「喜びはない。悔しい思いしかない。CSでも力になれるように頑張りたい」。手薄な先発陣を考慮すると、CSで投入される可能性もある。東都リーグで35勝のスター右腕が、遅まきながらプロでの第1歩を踏み出した。【大池和幸】

 ◆東浜巨(ひがしはま・なお)1990年(平2)6月20日、沖縄・与那城町(現・うるま市)生まれ。与那城小2年で野球を始め、与勝中では3年夏に県大会優勝。沖縄尚学では3年のセンバツで優勝。亜大では1年春から活躍。大学4年間の通算成績は62試合35勝(歴代4位タイ)19敗、防御率1・31。昨秋のドラフト1位で契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円(金額は推定)で契約。右投げ右打ち。181センチ、80キロ。血液型A。<東浜のこれまでの歩み>

 ◆3月15日

 亜大卒業式。「(プロは)結果の世界なので、役割をしっかり果たしたい」。

 ◆同29日

 ウエスタン・リーグ阪神戦(鳴尾浜)の2回に清水の頭部へ死球をぶつけ、危険球退場。

 ◆4月11日

 デビュー戦のオリックス戦(ヤフオクドーム)は3回1/3を投げ6失点も勝敗つかず。バルディリスに満塁弾を浴びた初回だけで52球を投げた。デビュー戦で1イニング52球は2リーグ制後初めて。

 ◆同18日

 楽天戦(Kスタ宮城)は2回にジョーンズの3ランなど5失点を喫し、5回6失点でプロ初黒星。2試合12失点で、防御率6・48となった。

 ◆同19日

 無期限の2軍調整が始まる。

 ◆6月20日

 23歳の誕生日。ルーキー山中からカップ麺をプレゼントされる。

 ◆7月18日

 フレッシュ球宴で全ウの先発を務め、2回無失点で優秀選手賞。賞金50万円をゲット。

 ◆9月20日

 右腕に張りのあったバリオスのバックアップ要員として5カ月ぶりに1軍合流。2軍では13試合に投げ、6勝3敗、防御率3・30だった。