初代タイガーマスクのマスクは、大会ごとに用意されて佐山サトルのもとに届く。つくっているのは、マスク職人の中村之洋さん(タイガーアーツ)だ。中村は、中学時代に見たタイガーマスクにあこがれ、高校時代には、一日中タイガーマスクのことを考えるほど、熱中したという。

好きが高じて、プロレスラーになるべく、体を鍛え始めたという。そんな中村さんのトレーニングのモチベーションになったのが、マスクの存在だった。「タイガーの分身であるマスクが手元にあったら、トレーニングにもっと励める」と、マスクの製作会社から通販で手に入れたのがきっかけだった。

そのマスクをながめているうちに、自分でつくりたくなった。裁縫などの経験は一切なかった。18歳の時には、近所の服装直しのおばさんに下絵を描いて、ミシンで縫ってもらった。会社勤めをしながら、27歳の時にためたお金10万円でミシンを購入。そこから、研究を重ねマスクを販売できるまでになった。

タイガーマスクとの出会いは、兄の中村頼永さんが、佐山が興したシューティングの一番弟子だったことで実現した。そのジムから4代目タイガーマスクをプロレスデビューさせるという話が進み、兄が「弟がマスクをつくれる」と売り込んでくれた。

4代目のマスクを見た佐山が、03年、初代タイガーマスク復活の際に「ボクのマスクをつくって」と要請。そこから16年、中村さんはマスクを作り続けている。一般に販売するマスクでも、3、4万円はするというが、初代タイガーマスクがつける特製のマスクは10万から30万円と高価なものだ。最初は「ボクのマスクで大丈夫?」と自信もなかったが、今では「つけている気がしない」という最高の褒め言葉を佐山からもらうほどになった。かっこよさと機能性、かぶり心地とすべてを満足させて、中村さんの仕事は完成する。「世界中にファンのいるマスクですから、タイガーマスクのイメージも守り、ファンの期待もダブルで背負っていかないといけない。やりがいのある仕事です」と中村さんは、今日もマスクと向き合い続ける。【桝田朗】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)