あれは4月の春巡業だった。当時から左肘や膝などを負傷していた元横綱日馬富士関は、連日支度部屋で電気治療を行っていた。肘や膝や背中など、電気治療で使用する吸盤の跡が、全身に赤くついていた。遠ざかっていた賜杯を奪取するために奮起する元横綱からネタを聞きたい、そう思った記者らが話を聞きに行った時だった。

 記者 最近、何か良いことありましたか?

 日馬富士 新しい奥さん見つけました。

 記者 いやいや…。

 日馬富士 どうやったら1面載れるの? どうしても1面載りたいんだよ。

 その後も続く、記事には出来ない話。政治の話や、某大統領らの賛否など。話す度に「これなら1面載れるでしょ?」と聞いてくる。もちろん全て冗談で、面白おかしく話してくる。優勝からも遠ざかり、体が思うように動かないなど歯がゆい思いをしていたからこそなのか、記者たちと話す時は明るく努めた。ただ「どうしても1面に載りたい」。これだけは真面目で力を込めて言っているように聞こえた。

 そんなやりとりから7カ月たった11月。思わぬ形でその時を迎えた。

--平幕の貴ノ岩への暴行

 以降、連日スポーツ紙の1面に載り、情報番組でも“トップ”扱いとなった。そして引退。決して華々しいものではなかった。春巡業の時の「1面に載りたい」は、復活を果たして横綱の威厳を取り戻したい、そういう意味だったはず。なんとも皮肉な幕引きとなってしまった。【佐々木隆史】