補導歴50回超の“元ヤンキー”が安定王者からベルトを奪い取った。挑戦者の同級1位矢吹正道(29=緑)が、9度目の防衛を狙った王者寺地拳四朗(29=BMB)を10回TKOで下し、新王者となった。少年時代はやんちゃが過ぎ、50回以上の補導歴がある。ボクシングに出合い、プロ16戦目で世界に初挑戦して頂点に立った。矢吹は13勝(12KO)3敗、初黒星の寺地は18勝(10KO)1敗。矢吹は試合後、王者のまま引退の選択肢も示唆した。

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ケンカ上等!! とばかりに殴り合った。10回、ポイントで劣勢の王者寺地が逆襲に出た。その前の9回から前掛かりで攻めてきた。ケンカ・ファイトに火がついた矢吹も殴りまくる。2分59秒、レフェリーが王者の体を抱きかかえた。壮絶な殴り合いを制した新王者は勢いよく飛びはねた。

「あきらめかけた瞬間もあったが、何とか耐えてチャンスを待った。この試合で死んでもいいと思った」

「この階級で世界で一番強い選手」とリスペクトする寺地との一戦にすべてをぶつけた。試合後の会見には激闘を示すように両方のまぶたを大きくはらして現れた。「この試合にすべてをかけていた。この試合で引退してもいい。(引退の選択肢は)あります」と男らしく言い放った。

試合前の控室で2人の子どもの写真を見て闘志を高めた。リングサイドで見守った家族へ「チャンピオンになることができました! おれが世界一の男やで!!」と絶叫した。

世界一どころか、何も見えない人生だった。荒れた10代。けんか、暴走行為に明け暮れて何度も警察の世話になった。補導歴は「50回を超えとるんじゃないかな」。荒くれた感情は行き場を失っていた。「いろいろなつながりを断ちたかった」と父親に「家を出たい」と告げ、1度は東京に出てから名古屋へ。建築業で家庭を支えながら、プロボクサーの道に進む。荒くれ者をボクシングが救った。

本名は佐藤だが、リングネームは矢吹。不滅のボクシングマンガ「あしたのジョー」のアニメビデオが身近にあった子どもの時に影響を受けた。「自分は実績も何もない。佐藤じゃおもろないでしょ」とリングネームを主人公「矢吹丈」からいただいた。“不良”が世界王者に。マンガのようなストーリーを描いた。

17歳で子どもを授かった。11歳の長女、8歳の長男がリングサイドでおやじのかっこいい姿を見届けた。「トランクスに子どもの名前を入れた。遺言のつもりでしたが、生きて勝つことができました」。

戦う前、拳四朗を「ジャブ、右ストレートとも天下一品」と評価していた。それだけに勝てたことが「ヤッター!」だった。異色の“ヤンキー”王者。これからもわが道を進む。【実藤健一】

 

▽矢吹正道(やぶき・まさみち)

◆本名は佐藤正道。「あしたのジョー」の主人公・矢吹丈からリングネームをもらった。ボクサーの弟も同様の理由で力石政法。

◆生まれ 1992年7月9日、三重県鈴鹿市。

◆アマ実績 四日市四郷高でインターハイ出場も、主な実績はない。

◆プロ戦歴 16年3月、1回TKO勝ちでプロデビュー。20年7月、日本ライトフライ級王座を獲得し、1回防衛。

◆家族 恭子夫人(28)と1女1男。

◆仕事 個人で建築業を営み肩書は自称「社長」。

◆タイプ 身長166・4センチの右ボクサーファイター。

◆タトゥー 右胸に「下克上」左胸に「大和心」と刻む。世界王者を目指しプロになった19歳当時、自身を鼓舞すべく入れた。逆文字の理由は「言葉が自分に向かって訴えるように」。

◆緑ジム 元WBA世界スーパーフライ級王者飯田覚士、元2階級制覇王者戸高秀樹以来、3人目。