元プロレスラーで参議院議員も務めたアントニオ猪木さんが1日午前7時40分、都内の自宅で心不全のため亡くなった。79歳だった。力道山にスカウトされ1960年(昭35)に日本プロレスでジャイアント馬場さん(故人)とともにデビュー。72年に新日本プロレスを旗揚げし、プロボクシング世界ヘビー級王者ムハマド・アリ(米国)との異種格闘技戦など数々の名勝負を繰り広げた。

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アントニオ猪木さんがリングに登場する時に流れる「イノキ、ボンバイエ」の連呼で始まる入場曲は、プロレスファンのみならず多くの日本人の記憶に残っている。正式名称は「炎のファイター~INOKI BOM-BA-YE~」。77年に猪木さんのテーマ曲としてレコード発売された。

この曲は76年6月に猪木さんと対戦したプロボクシング世界ヘビー級王者ムハマド・アリ(米国)の伝記映画「アリ ザ グレーテスト」の挿入歌で、対戦を機にアリから友情の証しとして贈られた。ボンバイエはコンゴ民主共和国のリンガラ語「Boma ye」が語源で日本語訳すると「やっちまえ!」の意味。

74年10月にコンゴ民主共和国(当時のザイール共和国)の首都キンシャサで、アリは世界ヘビー級王者ジョージ・フォアマン(米国)に番狂わせのKO勝ちを収めて、世界王座奪回に成功した。その試合中、現地の大勢のファンが「アリ、ボンバイエ」と声援したのが由来。猪木さんもその言葉をそのまま曲に挿入した。

この入場曲は引退後もイベントなどで猪木さんのテーマ曲として使われ、猪木さんがプロデュースした格闘技イベントも「イノキボンバイエ」と命名されていた。