野田秀樹にやられた。クイーンの「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」にやられた。野田秀樹が英国のロックバンド、クイーンのアルバム「オペラ座の夜」をモチーフにしたNODA・MAP公演「Q」のラストで、目頭が熱くなった。

シェークスピア作の「ロミオとジュリエット」を12世紀の日本、源氏と平氏の争いに移し替えた。たった5日間(43万2000秒)の恋に疾走する「源の愁里愛」に広瀬すず、「平の瑯壬生」に志尊淳、生き延びた2人のその後の姿となる「それからの愁里愛」に松たか子、「それからの瑯壬生」に上川隆也で、4人がそれぞれ魅力的だった。広瀬と志尊は、若さとみなぎる生命力を舞台にあふれさせ、松と上川は、若き2人の悲恋という運命を押し止めようと知恵と暴力を駆使して奔走する。

1幕はほぼ「ロミオとジュリエット」をなぞった形で、軽快、かつコミカルに「悲恋」に向かって収束していくが、2幕では様相が一変し、思わぬ広がりを見せる。7年前に上演されたNODA・MAP「エッグ」と同じだった。「エッグ」は架空のスポーツであるエッグを描きながら、スポーツに熱狂する大衆が、戦争にも熱狂し、最後には日本軍が満州で行った人体実験、731部隊の愚行をえぐり出した。

今回も「届かなかった手紙」をキーワードに、戦いが終わったのに、帰国することを許されず、愛する人のもとに戻ることの出来ない悲劇を浮かび上がらせる。生き延びることができたロミオとジュリエットだが、別離を強いられ、ロミオが出した手紙はジュリエットの元に決して届かない。ジュリエットの仮死の知らせがロミオのもとに届かず、悲劇が起こったように。

ラスト、命の危機が迫る極限状況の中でロミオが絞り出した愛の叫びに重なるように、フレディ・マーキュリーの「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」の甘く切ない歌声が流れる。「君は思い出すだろう。嵐が過ぎ去った後で、すべてのことが終わってはいないことを。これから年をとっても君の隣に僕がいる。どんなに僕が君を愛してるか。君に思い出させてあげる。僕はずっと君を愛する。君は覚えていてくれるだろう。離れ離れに吹き飛ばされても一緒なのだと」。クイーンの名曲と野田ワールドが、美しくも悲しくクロスした瞬間だった。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)