個性的な直筆の文字に不思議と背筋が伸びました。名人獲得最年少記録を保持していた谷川浩司17世名人(61)に藤井聡太竜王が名人位を獲得した際の紙面用のエールの言葉を色紙に揮毫(きごう)してもらう機会がありました。

「守破離(しゅはり)」

千利休の言葉に由来するとされる茶道や武道・芸道における考え方です。

「守」は師や流派の教えや型を忠実に守り身に付けること。

「破」は良いものを取り入れ、心技を発展させること。

「離」は独自の新しいものを生み出し確立させること。

これを将棋に当てはめると、谷川17世名人によると「まず将棋の基本をマスターして、守る。そこから打ち破っていく。最後に離れて、自分だけの境地を築き上げる」。

将棋の世界を含め、どの分野でもプロと言われる人は「破」「離」で戦っているといいます。型破りという言葉がありますが、型がしっかりとしていないと、とんでもないところに行ってしまうことがあるそうです。型があってこその型破りなのです。

「プロとして長く戦い続けるためには『守』だけでは個性が出てこない。その人の個性、自分だけのものというのをつくり出していかなければいけない。打ち破っていかなければいけません」

選ばれし者が集うプロの世界は、「型破り」の集まりとも言えるでしょう。将棋はプロの中でもハードルが高く、棋士になれるのは、原則として年間で4人だけ。現役の棋士は現在、約170人。この「天才集団」と呼ばれる棋士の頂点に立ったのが藤井新名人です。

谷川17世名人は、14歳で加藤一二三九段に続く2人目の中学生棋士。中学生棋士は藤井新名人を含めて、羽生九段、渡辺前名人と5人だけ。中学生棋士は覇者の系譜です。

谷川17世名人は第41期名人戦(83年)を制し、21歳2カ月で最年少名人となりました。当時の最年少記録は中原誠16世名人の24歳9カ月でした。

「守破離」の「離」について、谷川17世名人は「いやいや、どうでしょうか、分からないですね」と笑います。

書道は高校生の頃に少しだけ習っていたそうですが、その後は全て自己流。達筆でなくても個性を全面に出せれば良いと考えているそうです。まさに「守破離」の考えそのものです。だからでしょうか。谷川17世名人の直筆の文字を見ると、背筋が伸びます。

最年少の記録は更新されましたが、「藤井さんはすでに『離』の境地に達していると思います。名人として自分だけの境地を築き上げてほしい」。

藤井新名人が名人位獲得の一夜明けに揮毫(きごう)したのは「温厚知新」。40年前、谷川17世名人が最年少で名人を獲得した際、「1年間、名人位を預からせていただきます」との名言を残しました。

藤井新名人はこう言います。「谷川先生の言葉はもちろん知っていて、本当に素晴らしい言葉だなと思っていました。タイトル戦では自分も常に挑戦者の気持ちで臨みたい」。

温故知新-。谷川17世名人が最年少で名人を獲得したときに揮毫(きごう)した言葉でした。

覇者の系譜は引き継がれました。【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)

谷川浩司17世名人の直筆「守破離」(撮影・松浦隆司)
谷川浩司17世名人の直筆「守破離」(撮影・松浦隆司)